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90億の神の御名

この世界のほんの些細なこと

泡沫

これは去年、友達とお花見バスツアーに行った時の桜。
今年も行こうねと約束をしているけれど、その時まで桜は咲いていてくれるだろうか。

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桜が咲いた後には決まって少し肌寒くなる。
スプリングコートの前をかき合わせながら「もうこんなに咲いたのか」と夜桜を見上げて、
「どうして桜はこんなにも誰にとっても特別な花なんだろう、どうしてこんなに心に迫るのだろう」と毎年考える。
年を取るごとにどんどん、この花への思いが深くなっていくみたいだ。

昔、川べりの小さな町に住んでいた。川のほとりには桜並木があって、春になると老人たちが桜のトンネルの中をゆっくりゆっくり歩いて行った。
それを見るたびに母が、ああやって歩くおばあさんの背中を見るとまるで人の来し方行く末を見ているようで胸が詰まると言っていた。
今なら私も同じように胸を詰まらせながらおばあさんを見送るのに、生意気盛りだった頃には「大人の抱く月並みな感傷」だと切り捨てていた。

それでもあの時、桜のトンネルの向こうにゆっくりゆっくり歩いて行ったおばあさんの後ろ姿は目に焼き付いている。
まるで映画のワンシーンみたいに。
もしかしたらあのおばあさんはもうこの世にいないのかもしれない。

あの大きな地震の後、停電や余震にびくびくしながら、切羽詰まるような気持ちで桜が咲くのを待っていた。
ようやく遅まきの桜が咲いた時、あんな恐ろしいことがあっても、原発事故が起きても、それでも今年も咲いてくれたのか、と涙が出るほど嬉しかった。
おばあさんたちはいつも、そんな気持ちで桜の下を歩いていたのかしら、とふと思った。
今年も桜が見れた、また桜の下を歩けた、来年はどうだろうか、と人生をカウントするような気持ちで。