華麗なる裏切り
「その夜、愛と裏切りの幕があがる」というキャッチコピーをつけて、劇団四季が上演した三島由紀夫の戯曲「鹿鳴館」
その中にこんな台詞がある。
奥方様ほど巧く美しくおだましになる方はございませんわ。(中略)
裏切りの上に安楽に寝そべって、一生を送れるものかどうか、世間の人は危ぶみましょうけれど、私は危ぶみませんわ。だって奥方様のくつろいだお暮しぶりを、おそばにいてずっと見てまいりましたから
こんな風に「クリームたっぷりの誰もが好きな菓子パンです」と平凡な紹介の書かれた看板の下に、たった1つだけ売れ残っていたクリームパンに、一体誰が期待などを胸に抱こうか。ましてやイノベーションや革命を想像し得るであろうか。
原材料に「フラワーペースト」と書いてある上に、価格設定お高めのセレブスーパー明治屋だ。香料が強いくらいが関の山、と何の期待もせずに口に入れた私は、姫川亜弓嬢の如く目の中を真っ白にして、劇的に呟いた。
「わたくしをおだましになったのね!!」
明治屋デリベイク クリームパン 189円
パン:もちもち
クリーム:バタークリームみたい。ちょっと塩気がある。
☆☆☆☆
もちもちのパンの中に入っていたのは、こっくりとしたバタークリームだ。いや、正確にはバタークリームではないのだろうが、それに近いクリームだ。ほんのり塩気があって、甘さ控えめで、なんだかクセになるような味だ。
これは・・・明らかに普通のクリームパンではない。平凡なクリームパンのような顔をしているくせに、今まで食べたどのクリームパンとも違う。そして決してまずくもない。できることならもう一度食べたい。
戯曲「鹿鳴館」の中では、先の引用文に出てきた奥方様=朝子を評してこんな台詞もある。
「おばさまには誰でも負けるのよ。負けながら、それは快く・・・」
「そう、あの方のエゴイズムまで引っくるめて、すべてが快く」
ええ、本当に快く、私はこのクリームパンに負けました。
そしてあれ以来、事あるごとに考えてしまうのです。
「今日、明治屋に寄って帰ろうかしら。もう一度あのクリームパンを食べてみたいわ」と。
まったくお見事な手腕でございました。
さすが鹿鳴館時代に創業された老舗、明治屋。
美しく巧く、そして快く、わたくしを騙してくださいましたわ。
裏切られることも時として喜びであることを、こんなにもはっきりと教えてくれたクリームパンは他にございません。
- 作者: 三島由紀夫
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