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90億の神の御名

この世界のほんの些細なこと

孤独の肖像

「暮らすって物要りねえ」と、魔女の宅急便のキキもうんざりして言っていたけれど、一人暮らしを始めた頃は怖くなるほどお金がどんどん出て行った。
家電も一通り買い揃えなければならないし、電話加入権も高かった。
それで布団と包丁は実家からもらってきた。まな板は100均で木製の物を買った。
そのまな板がまた非常に粗悪品で、一度使って洗ったら反り返った挙句に割れてしまった。

まな板が真っ二つに割れたのがおかしくて、一人、台所で涙が出るほど大笑いをしたのだが、一緒に笑ってくれる人がいなくて、がらんとした家の中に自分の笑い声だけが響いていることに衝撃を受けた。
「ああ、これが一人暮らしという事か」

その話を実家暮らしの友人にしたら、「なんとリアルに孤独を感じさせる話であるか。そんな生々しい話を聞いたら恐ろしくてとても一人暮らしなんてできない」と心底怯えきった声で言われた。そして彼女は今でも実家暮らしだ。

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ワッフルというのが、あの格子状に焼かれたものを指すようになったのは、マネケンが上陸してからだろうか。
それまではワッフルと言えばふわふわのスポンジを柏餅みたいに二つ折りにして間にクリームが入っているものを指していたと思う。
子供の頃、あれは「ちょっと特別なおやつ」だった。
ごくたまに「今日はお風呂上りにあれをおやつにテレビを見ていい」というような「特別な日」があるとものすごくテンションがあがっていそいそとお風呂に入ったものだ。

カラクリ時計のパンヤ(横浜市青葉区美しが丘西) クリームパン 120円
パン:もちもち
クリーム:半透明で粘度の高い、ワッフルのクリーム。甘みは薄め。若干レモンみたいな風味
☆☆☆

可愛らしいロッジのような造りのパン屋さんのクリームパンには、ワッフルみたいな半透明のクリームが入っていた。
今日の今日まで、ワッフルの事なんて忘れていたけれど、一旦思い出すと次々と色んな思い出が蘇ってくるものだ。
あの頃、ワッフル片手にウキウキしながら見たテレビは金曜ロードショーが多かったような気がする。ロッキー、ビジター、ジョーズ、インディ・ジョーンズ、ルパン、ナウシカ・・・、スイートなおやつとはかけ離れた映画が多くて、途中で怖くなって布団に潜り込んだりした。CMの間に走ってトイレに行った。映画が楽しいかどうかより「家族みんなが上機嫌」な事に安堵して浮かれていた。

今でもスーパーの片隅に二つ折りのワッフルはひっそりと売られているけれど、私は決して手を伸ばしたりしないのだ。
一人の家で、もそもそと食べるワッフルはきっと、割れたまな板のように無慈悲に私に孤独をつきつけるに違いないもの。

パン屋さんのテラスに座ってクリームパンを食べる私を、隣に座った家族連れの小さな男の子がじーっと見つめていた。
「この子には今日の事が、家族でパンを食べに行ったちょっと特別な休日という懐かしい思い出になるのだろうか」と考えながら、彼の黒い瞳を見つめ返した。

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時代-Time goes around-

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