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90億の神の御名

この世界のほんの些細なこと

ライフライン

外国人達は「日本は電線が剥き出しで風景が汚い」と言うようだけれど、私は電線のある風景が好きだ。
電線によって、ピエト・モンドリアンの絵のように区切られた夕焼け空や青空の美しさがわからないだなんて、おかしいんじゃないか、と声を大にして言いたいくらい好きだ。

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何年か前、「水曜どうでしょう」で有名な鈴井貴之さんが映画を撮ったとの事で、NHKのインタビュー番組に出演していたのを見た。
その中で、彼が「映画の中でどこかに必ず電線や電柱などの人工物を入れたかった。特に電線というものは、人が生活し、必要としている所に電気がいくのだから、人が生きているという証だ」と言っていたのがとても印象に残った。
ライフライン、とは正にそういう事だと思った。

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大学生の頃、通っていた大学は山の頂上にあって、生協の裏手に回るとすぐに山の中に迷いこむことができた。授業をサボったある日、山の中をきまぐれにどんどん進んで行ったら、目の前に田んぼが開けて呆然としたことがある。電信柱の一つも見えなくて「あ、人間社会に見捨てられてしまった」と一瞬心細くなった。まあ、後になって調べたところ、そこはただの自然公園で、ふるさと体験のような田んぼが広がっていただけなのだけど。

今、時々山歩きをする時に、あの心細い気持を思い出すことがある。人里に降りれば疎ましく思う「人間の気配」が薄暗い山道ではとても恋しくて、電線や砂利道や「人工物が見えること」に心底安心したりする。
これは人間の世界につながっている。どこかにきっとつながっている。
私は電車に乗って家に帰り、うんざりする程にいつも通りの生活をするのだ。

その安心感をくれるのが、ライフライン
電気や水やガスを運んで「普通の暮し」をさせてくれるものが。
一緒にこの世界に生きている、誰かの生活の気配を感じさせてくれるものが。
夕焼け空を美しく断ち切って伸びていくものが。
それがライフライン


・・・外国人をその生活の気配を嫌うのだろうけれど。