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90億の神の御名

この世界のほんの些細なこと

女ともだち

泡沫

中学校の頃からずっと仲良くしていた友達がいた。
一緒に冬期講習に通って、一緒に高校受験をして、高校3年間を一緒に過ごして、別々の大学に行ってからもしょっちゅう会っていた。
クールで頭が良くて皮肉屋で毒舌で、何の話をしても大体ついてきてくれるし、本や漫画や音楽のセンスも似ていたから、彼女から本当にたくさんいろんなことを教えてもらった。心の中に二人の共有フォルダがいくつもあった。
こんなにも気の合う人間なんてこの先現れるのだろうかと思った。

けれど、ある時、それがふと狂いだす。
それは今にして思えば、小さな嫉妬だったのかもしれない、些細な反抗だったのかもしれない。
フリーターの傍ら専門学校に通っていた彼女は、勤めだした私を「よくそんな悪条件でこきつかわれて平気だね、もっと要領よく生きなよ、本当に不器用だよね、損してるよ?」と叱りつけた。
しかしその数年後、抑うつ症の名のもとに全てを投げ出した彼女は今度は
「あんたはいいよね、仕事があって。働ける体力があって。あなたは何がどうなろうと生きていけるんでしょう」と全く逆方向から私を責め立てた。
今までだったら、うーん、そうかなー?と大人しく聞けていたのだ。
でも嫌になってしまった。「もう生きていく道が違うんだな」と離婚間際の夫婦のようなことを思ってしまった。

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アトレ目黒に「果実園」という名のフルーツパーラーがある。千疋屋やタカノのフルーツパーラーをもっとカジュアルで大衆的にしたような感じで、店の中央にはフルーツが山盛りに置かれている。
彼女と「もう友達でいられないかもしれない」と思い始めた冬の夜、二人でここに来たことがある。
そして、誤植だらけのメニューを見て、涙が出るほど大笑いした。

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「苺のシートケーキ」「テラミス」「マンゴ・ロールケーキ」
「ミルフィューセット」「キューイズコッ セット」

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微妙な関係の私たちは、大げさに笑い転げながら
「今、私たちは何の屈託もない、普通の友達っぽい」「やっぱりこの人とはセンスが同じかも」「まだやり直せるのかもしれない、友達でいられるのかもしれない」
と、それぞれ思っていたのだと思う。
だから余計にこんな些細なことがおかしかったのかもしれない。


先日、id:midorisukidenaさんのブログでこの果実園の事が書かれていた。
id:midorisukidenaさんによると、もうメニューは新しいものに変わってしまっているとの事だったのだけれど、どうしても気になって、目黒シネマで映画を見るついでに行ってきた。
やはり、メニューは新しいものに変わっていたけれど、1階の階段前の立て看板に辛うじて当時の面影が残っていた。

真剣に看板の写真を撮りながら、そんなに面白くもないな、と思った。
慣れてしまったせいなのか、彼女がいないせいなのか、それともあの時だって本当はそんなに面白くなかったのか。
ただ、あの誤植だらけのメニューを見ながら笑い転げたあの時、一瞬の花火のように、親密な時間がふと戻ってきたような気がした。
私たち以外に誰もいない夜のフルーツパーラーの窓際の席で、ソファに倒れこんでまで笑い転げたあの夜。時折、不安が胸をよぎって、窓の外の回転寿司を見下ろしたり、所在なげに紙ナプキンを折りたたんだりもした。
あの時、テーブルの真ん中には巨大なグローブのような立派なバナナの房がバッチコーイ!とそびえ立っていた。
最後の晩餐のような、悲劇の予感に満ちた、親密で優しい、映画的な時間だった。

筋書き通り、今や連絡もとらなくなった私たちは、風の便りで聞く噂も、聞き流したり聞かないふりをしたり。
もう、メニューが変わってしまったから、このお店に来ても、誤植を眺めながら「仲良しの友達ごっこ」もできないんだな。

女ともだち 1 (集英社文庫―コミック版)

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