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90億の神の御名

この世界のほんの些細なこと

伝統芸

クリームパン

祖母の口達者、芸達者ぶりは素晴らしく、「今月今夜のこの月夜!僕の涙で曇らせてみせる!」と「金色夜叉」の貫一お宮を熱演してくれたり、コホコホと咳込みながら「あああ、人間はなぜ死ぬのでしょう! 生きたいわ! 千年も万年も生きたいわ!」と徳富蘆花の「不如帰」を演じてくれたりする。
そんな祖母に仕込まれて育った母もなかなかに芸達者で、十八番は三波春夫の大利根無情。「止めて下さるな妙心殿、落ちぶれ果てても平手は武士じゃ!行かねばならぬ!行かねばならぬのだー!」と嫌がる猫を後ろから抱きかかえて熱演している姿を何度見たことか。

やはり伝統芸は、先達の演じる姿を見て覚えていくものである。
おかげさまで、実物を見たこともないのに、今の私は金色夜叉も不如帰も大利根無情も、野麦峠の玉子を差し出すシーンも、時折母のやる、デビュー当時のアグネス・チャンの気色悪いモノマネもできる。・・・恐ろしい。

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ロアモンド(製造元 東山堂ベーカリー) 昔なつかしのクリームパン 155円
パン:黒糖みたいな味がする
クリーム:固めでくせはない
☆☆☆

Precceでこのクリームパンを見つけた時、買うかどうか逡巡した。
「昔なつかし」という言葉が「美味しくない」という意味であることは既に学んだ。また、以前に成城石井で買った、東山堂ベーカリーのクリームパンはニベアの味がした。
こんなの、もう美味しくないことはわかりきってるじゃん。まずいに決まってるじゃん。なのに買う?買わなきゃいけない?そうまでする理由ってなんなの、あなた何やってんの。
心の中で意地悪な私がチクチクチクと迷う私にイヤミを言う。・・・どうしよう・・・。

こういう時である。まるで神の啓示のように、教えこまれた伝統芸が私の中で目を覚まし、三波春夫が起動してしまうのは。
「止めて下さるな妙心殿、落ちぶれ果てても平手は武士じゃ!行かねばならぬ!行かねばならぬのだー!」
心の病と呼ぶなら呼ぶがいい・・・。私だってまともじゃないことくらいわかっている、気持悪いのもわかってる。
けれど、身体に教えこまれた伝統芸が目覚めてしまったのですもの・・・。

平手造酒になりきって、「行かねばならぬ!」と決死の覚悟でむんずとつかんだクリームパンは「まずいに違いない」と思っていたけれど、普通に美味しかった。
それで上機嫌でまた「佐原囃子が聴こえてくらァ」なんて平手造酒ごっこを続けたりしちゃう。