90億の神の御名

この世界のほんの些細なこと

EASY LIVING

一日二日は孤独だった。が、ある朝のこと、ぼくよりもっと最近この地にきたある男が、路上でぼくをつかまえると「ウェスト・エッグの村にはどう行くんでしょうか」と、途方にくれた様子でたずねたのである。
 ぼくは教えてやった。そしてそのまま先へ歩いて行ったのだが、もうぼくは孤独ではなかった。ぼくは案内者だった。開拓者であり、土地の草分けである。この男によってぼくは、はしなくも、この界隈の市民権を付与されたようなものであった。
          フィッツジェラルドグレート・ギャツビー

20代の頃までは出身はどこですか、と聞かれると本当に困った。生まれた地は東北で、でもすぐに神奈川に引っ越し、また県内で引っ越し、それから埼玉で中高を過ごして、神奈川に戻った。
今となれば、神奈川在住歴が一番長いので、神奈川ですと言えるが、中高の思い出の残る埼玉も捨てがたかったし、そもそも出身地って何のことなのか、生まれた土地のことを指すのか生真面目に悩んだりした。
おまけにずっと団地暮しだったから、「地付き」の感覚がなかった。ある土地に団地がどーんと建って、そこにたくさんの人がどこかから流れこんでくる、私はいつもその、流れ込む方の人だった。祖父母共に東京と横浜だから、みんなのように夏休みに帰る田舎もなかった。

だから「地付き」「地元」という感覚にものすごく憧れがある。必死で「地付き」になろうと努力をしていると思う。「地元」の人たちと「あの角のあの店が」なんてマニアックな話ができると、「ああ、私もこの街で市民権を得てきただろうか」と思う。「地元」のお祭りを友達とビール飲みながら冷やかして歩くと「なんかすっごく地元っ子っぽい!」とトキめいたりする。

日曜日の夕方、家に帰ろうとふらふら歩いていたら、ここ最近できたジャズ喫茶の窓の向こうに飲み仲間のルイコさんがいた。
それで、うわー偶然!とひとしきり、地元っ子のようにはしゃいで、そのまま一緒にビール飲みながら地元のバンドが演奏するジャズライブを聴いた。

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気持のいい5月の夕方に、「地元」で、こんな素敵な偶然に遭って、ソニー・ロリンズなんか演奏してもらって、いい気分で酔っ払って、大笑いしながら「じゃあね」と大きく手を振って別れる。
私も相当市民権を付与されたわね、帰り道に偶然友達に会うなんてさ、とにやにやしてしまいながら、千鳥足で満月過ぎの夜空の下を歩いて帰ってきた。
ああ、楽しくて嬉しかった。そんな感じのEASY LIVING。

イージー・リヴィング

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