夏とポスト
夏が来ると読みたくなる本は、吉本ばなな。「海のふた」や「TUGUMI」もいいけれど、一番は「N.P」だ。あの小説に出てくる萃が、夏そのものみたいな女の子なのだ。物語の始まりは夏の始まりで「夏好き?」「死ぬほど好き。いつも夏のことばっかり考えてる」「恋ね」という会話から一気に引き込まれていく。
そして最後の萃の手紙はいつも私の胸の奥に引っかかっていて、何かにつけて思い出す。
でも今、最高にあなたに似ているように思えるのは、ポストです。ポストはどこにでもあり、かつ捜そうとするとなかなか会えない。心細い街角に不意にあったり。晴れた日も雨の日も夜中も、世界中に、まるで夜空の月がすべての水に映るようにポストはある。
今、私の住んでいるところにも。
吉本ばなな「N.P」
クリームパンは、私にとってそういう、ポストみたいな存在だ。探しているとない。でも期待せずに入ったベーカリーの片隅にひっそりといたりする。そして、まるで懐かしい人と再会したみたいについつい手にとってしまう。
サンピエロ クリームパン 140円
パン:ふわふわ
クリーム:ヤマザキの薄皮クリームパンのクリームみたいな味
☆☆☆
渋谷駅、ハチ公前改札に上がる途中のベーカリー、サンピエロ。以前は抹茶カフェみたいな店だったがベーカリーになった。早速覗いてみたが、狭い店では売れ筋パンしか置かないのか、クリームパンみたいに地味なパンは置いていなくて、デニッシュやペストリーやクロワッサンが主体だった。それでも、季節商品としてクリームパンが置かれたりしないか、時折様子を見ていたら、5月末になって、クリームパンが置かれているのを発見した。
「あった!!やっと見つけた」嬉しくなって買い求めたクリームパンはオーソドックスで懐かしい味のラグビーボール型だった。
先週、渋谷駅を通ったら、あれからまだ一月も経っていないというのに、サンピエロは姿を消していた。渋谷は今、東横線や埼京線の移転に伴い大改装中なので、仕方ないと言えば仕方ない。たった一度、出会えたきりだったな、と何故か感傷的になって、すっかりビニールシートの貼られた店の前にしばし立ち尽くした。
別にものすごく美味しくて、どうしてももう一度食べたいクリームパンなわけではなかった。このお店自体、JR東日本系列のチェーン店なので新橋や西日暮里にだってある。
だけど、まるでポストのように、そこにあって当たり前だったものがなくなった時のような、寂しさを感じてしまった。変わりゆく街で。
- 作者: 吉本ばなな
- 出版社/メーカー: 角川書店
- 発売日: 1992/11
- メディア: 文庫
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