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90億の神の御名

この世界のほんの些細なこと

耳をすませば

泡沫

子供の頃から団地住まい、一人暮らしを始めてからはアパート住まい。一軒家に住んだことはただの一度もない。
今はマンション暮らしの人が多いけれど、かつて「集合住宅なんて一時的に住むところ」「一国一城の主になるのが当たり前」という時代には、一軒家住まいの人によく言われたものだ。
「団地なんて、壁一枚隔てた隣に他人が住んでるんでしょう?気持ち悪くないの?」

団地しか知らないので別に気持ち悪くはないのだけれど、長屋感覚と言うべきか、確かに一軒家の人よりも他人の生活は身近かもしれない。
それこそ、ジブリ映画「耳をすませば」みたいな古い団地では、お醤油の貸し借りもアイロンの貸し借りも、不在宅の宅急便の代理受け取りもあった。お隣の家の夫婦げんかが聞こえたり、同級生が親に怒られて玄関の外に立たされて泣いているのを見たり、そしてそれらを見てみないふりをする処世術を覚えたり。

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中学生の時に引越しをしたが、引越し先も団地だった。当然、新しく通う中学校も団地の子ばかり。その中に、転校してきたばかりの私でさえ「あの子、カッコいいな」とすぐに気がつくほど顔立ちの整ったミヤハラくんという男の子がいた。女の子達が彼にキャーキャーと言うたびに、お隣の家に住む幼馴染のヨウコちゃんは、首を振って言った。「でもさあ、あの子、小学校の時、お風呂で大声で光GENJI歌ってたよ?」
そう、それが聞こえちゃうのが団地クオリティ。サッカー部のレギュラーとして、全国大会まで出ちゃって、どんなにカッコつけようとも色気づこうとも、過去の黒歴史を忘れてもらえないのが団地の運命。

ミヤハラくんの住む棟は私の棟と近く、お互い5階住まいだったので、ある日私も見てしまった。あのイケメンのミヤハラくんが、ベランダでお兄さんとバナナを取り合ってケンカしている所を。
そっとベランダの窓を閉めて、翌日私はヨウコちゃんに訴えた。「昨日ミヤハラくんがさあ、ベランダでお兄さんとバナナを取り合ってケンカしてた。サルみたいだった」
ヨウコちゃんは、爪を磨きながらクールに言った。「あの子ホント、サルだもん。なんでモテてるのか謎」

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集合住宅というのは、折にふれてこのように、余計な物事を見聞きしてしまうものだ。「耳をすませば」で雫と聖司くんが恋をできたのは、聖司くんが離れた場所に住んでいたせいもある。絶対あると思う。

昨日、自分のアパートに帰宅したら、向かいの家のお兄ちゃんが風呂場で「風にー吹かれてー歩いてーゆくのさー」と、気持ち良さげに猿岩石を歌っていた。ちょっと!今時猿岩石!猿岩石って!あとでTwitterにでも呟いてやろ、とニヤニヤしながらシャワーを浴びた私であったが、昨日のブログの記事のせいもあってか図らずも、いい気分で「こーのー街はー戦場ーだからー」と聖母たちのララバイを朗々と歌ってしまっている自分に気が付いた。
・・・。今頃、向かいの家のお兄ちゃんも思っていることであろう。「今更聖母たちのララバイって!」

耳をすませば聞こえてくる、他人の生活の生々しさ。それが集合住宅の運命。でも、なんだかんだで嫌いじゃないのだ。