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90億の神の御名

この世界のほんの些細なこと

彼女の辞書

泡沫

花梨さんのブログの「他人の本棚、自分の本棚 - 壊れせんべいがすき。」という記事を読んで、我が家にあるおかしな辞書のことをハッと思い出した。

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うちの母親は辞書が好きだ。今ではそんな事もないが、ちょっと前までは誕生日プレゼントなどに辞書をねだっていた。おかげで我が家には広辞林、大辞林、擬音語擬態語辞典、江戸語辞典、別れの言葉辞典、口説きの言葉辞典、方言辞典、比喩辞典、様々な辞書があった。
思うにあれは、母の、男性に向けての「人とはちょっと違うあたしアピール」だったのだろう。離婚再婚を繰り返していたあの人は、なんだかんだで、常に男が途切れることがなかった。
大学生で一人暮らしをする時、「これ持ってく?」と母がくれた広辞苑の表紙をめくると、そこには母の昔の男からの「I Love You(ハートマーク)」というメッセージが万年筆でしたためられていたものだった。あれはきっと、処分のつもりで私によこしたのだろうな。なので、私も引っ越しのどさくさの中で故意的に捨ててやったけれど。

そんな母の辞書コレクションの中に写真の「机上最新辞典」という辞書がある。初版は昭和43年、今やGoogle上でさえ影も形もない「国語研究会」という所から発行されている。
母はこの辞書を自分の成人式の時に横浜市からもらったらしい。その後、離婚したり家出したり追い出されたりしているうちに失くしてしまい、今の父と再婚してから再度買い求めたそうだ。
なぜなら、この、青木さんというおじいさんの編纂した辞書があまりに面白おかしいから。

「うさぎ」とひくと書いてある。「獣の名」。「くま」でも「ライオン」でも「獣の名」だ。
この原理で「ふくろう」はもちろん「鳥の名」だし、「くわがたむし」は「虫の名」だ。ひどい。
更に、エレベーターは「自動昇降機」、シャープペンシルは「繰り出し鉛筆」、サンタクロースに至っては「耶蘇生誕の日に煙突より入り来て子等に贈物を配る翁」と書いてある。翁!!
お前が翁だろう!と青木さんに言ってやりたい。何せ黒船のペリーは「ペルリ」という見出し表記になっているのだ。それは1853年、浦賀来航当初の表記ではないか!まったく大変な辞書である。

花梨さんのブログでふと思い出して、母に「そういやあの辞書どうした?」と聞いたら「あるわよ。あげるわ」と言うのでもらってきた。それで、パラパラとページをめくってげらげら笑いつつ、心の底で少しだけ、ふーん、と母の事を考えていた。

そりゃあ、とんでもなくおかしな辞書だけれど、19歳でバカな結婚をしたあの人にとって、成人式にもらった辞書は何か特別な思い入れがあって、どうしても取り戻したかったんだろう。今みたいにAmazonなんかない時代、結構必死で本屋を探したんだろう。だけど、その辞書を今はこうしてぽんと私に差し出せるんだな。元彼からもらった広辞苑を差し出した時のように。「捨ててもいいわよ」という感じで。
・・・ってことは、まあ、今年還暦を迎えるあの人、それなりに落ち着いて幸せなんだろう。自分の中で片付いたものもあるんだろう。ふーん。そうか。それならいいけど。