読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

90億の神の御名

この世界のほんの些細なこと

頭が真っ白に

「頭が真っ白に!」という、船場吉兆の女将のささやき戦術は、ずいぶん長きにわたって私と友人たちとを楽しませてくれた。お酒を飲んでは事あるごとに「頭が真っ白に!!」「ないです、ないです、ないです!」とひそひそ言い合って大笑いした。

そんな友人も今度転職するそうだ。劇団育ちの我々はバカみたいに世間知らずだ。それで私も転職の時には随分苦労した。だから友人に言ってやる。
「あのね、なんかね、“あなたのライフビジョンを教えてください(キリッ”とか言われるわけ。そんで、SPIとか言う試験を受けさせられるね。あれ、鶴亀算とか植木算とか確率とかやらされるのよ。私、あの時ホントに腹がたったわ。30過ぎた人間にそんな事やらせないでよ!って思ったわ。」

そんな苦労の末に入社した現在の会社で、来月、社内試験を受けるように課長からお達しが出た。それでキリよく8月から勉強を始めることにした。勉強すること自体は嫌いじゃないのだ。いつだっていろんな事が気にかかるし、いろんな事に興味がある。机の前にノートと蛍光ペンを用意して、胸ときめかせて姿勢を正す。

それなのに、初っ端の「個人情報取扱事業者の開示等に応じる義務に関する記述について、個人情報保護法(以下、同法)及び経済産業省ガイドラインの適正解釈の観点から」という一文だけでもう目がくらみ、頭が真っ白になる。いかん、こらいかん。何を言ってる?第一、漢字が多すぎる。40近い人間になんて事聞いてくれるわけ?

どうせ、書いてあることは大したことではないのだ。「この中から不適切なものを選べ」という程度の事なのに、こういう文章に慣れていない者にとっては、2回も3回も一言ずつ真剣に読んでようやくなんとかかんとか理解できる、もはや外国語みたいな存在だ。
少し問題を解いていくうちにもちろんこういう文章にもだいぶ慣れてくるのだけれど、明日になったらきっとまたリセットされてしまうだろう。

それで目をショボショボさせながら明日もまた「頭が真っ白に!!」と、船場吉兆ごっこを始めてしまうのだろう。
まあ、それはそれで楽しいからいいけど。B5ノートに「○○に於いて、○○の場合に限り」なんて尖った字を並べるのも、シャープペンシルを握るのも消しゴムを使うのも学生時代以来で、ちょっとウキウキもしてるんだ、実は。