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90億の神の御名

この世界のほんの些細なこと

夏陰~なつかげ~

泡沫 野球・スポーツ

熱闘甲子園のテーマソングで一番好きだったのは2004年のBEGINの「誓い」と2005年のスガシカオ夏陰

BEGINの「誓い」を聴くと今でも、最後の打席、笑ってバッターボックスに立っていたダルビッシュくん、新幹線に乗り込む涌井くんの横顔、整列して顔をくしゃくしゃにして号泣していた沖縄・中部商業の阿波根くん、ベンチで泣き崩れた鵜久森くんたちの、高校生のままの顔がはっきりと脳裏に蘇る。


ここ何年かの高校野球で一番印象に残っている年は駒大苫小牧田中マーくんと早稲田実業ハンカチ王子が投げ合って引き分け再試合になった2006年だと言う人が多いけれど、私は「夏陰」が使われたこの2005年が一番印象に残っている。熱闘甲子園も全日程録画して、何度も繰り返して見たから、いろんな学校の子に思い入れがあって、この動画に出てくる柳田くんも衣笠くんも、ダース・ローマシュ匡くんも、福井くんも古川くんも、一人ひとりがみんな親戚の子みたいに可愛く大事に思える。

「言葉が今つまってしまったらぼくらの夏はここで終わってしまいそう」という歌詞から始まるこの歌は、敗戦ムード漂う甲子園のベンチや、夏の終わり、それも夕闇を感じさせて、まるでひぐらしの鳴き声みたいに人を切なくさせる。

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2009年、菊池雄星が腰痛をおしてマウンドにあがったあの年、日本文理が決勝戦9回2アウト2ストライクから「奇跡の19分間」と呼ばれる驚異的な粘りを見せたあの年は、転職活動に追われていた。劇団に10年もいてすっかり世間知らずだった私は世の中がリーマンショックと呼ばれる不況の中にいたことも、自分がいつの間にか30歳を越えていた事もすっかり忘れて、ただただ疲れ果てたから会社を辞めて、そして仕事が見つからないことに焦っていた。
甲子園の決勝戦が終わって、秋の気配がし始めて、束縛の激しい当時の恋人ともうまくいかず、面接まで行った会社もいくつもいくつも落とされて、9月の始め、ついに私は逃げ出した。恋人の電話も、二次選考の締め切りも全部ほっぽり出して最終の新幹線に乗って北へ。友達の住む仙台へ。

友達はすごく気をつかって優しくしてくれて、Kスタ宮城に野球を見に連れて行ってくれたり、山形にドライブに行ったりした。山形では「天空の丘」という夜景が綺麗に見える丘に行ったのだけれど、その麓が日大山形の野球部のグラウンドで、丘の上からナイター設備の照明が見えて、秋季大会に向けて練習に励む部員たちの声がよく響いていた
あの声を聞いていたら、不意にスガシカオの「夏陰」が胸の内で流れだして、切ないのと同時に「仕方のないことは仕方ない、切り替えて頑張らなきゃ」と吹っ切れたような気持ちにもなった。遠く平野の向こうに小さく打ち上がる花火が見えた。仙台への帰り道、満月がとても美しかった。

昨日、日大山形が負けてしまった。
今日か明日、あの子たちはまた、あの丘の麓のグラウンドに戻っていくんだろう。そして照明が切なく光るグラウンドで、山に声を響かせながら新チームが練習を始めるんだろう。
あの日、まさに「夏陰」がぴったり似合う秋めいた山形の夕闇の中、一生懸命練習していた日大山形の野球部の声に、仕事が見つからなくて不安で不安で仕方なかった私は随分励まされたのよ。どうもありがとう。山形勢初のベスト4、本当によく頑張ったね、おめでとう。