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90億の神の御名

この世界のほんの些細なこと

小さき者へ

泡沫

夏休みの終わりの夕方、スーパーに買い物に行こうとしたら、道端に少年野球帰りと思しき小さな男の子が死んだような目をして座り込んでいたので、思わず声をかけてしまった。まだ小学校にあがりたてくらいの、ユニフォームもグローブも靴も本当に小さな男の子だ。
日頃小さい人々と会話をしなれていないので、若干おどおどしながら、ど、どうしたのですか?と尋ねると、男の子は一瞬泣きそうに顔を歪めて「おかあさんがいないからおうちにはいれない」と言う。あらあら、それは大変だわ・・・と言うと、眉毛を一層下げて今度は「もう帰って来ないかもしれない」と言い出す。

な!!なんですって!?離婚?家出?蒸発?
これが大人のイヤな所で、悪い方悪い方にばかり物事をぐるぐると考えるが、その間にも男の子はああだこうだ、○○ちゃんちのお父さんがどうだこうだ、とぐじゃぐじゃ訳のわからないことを言い続ける。
あ、あのねえ、あのー、わたくし、何もして差し上げられないけれど、ともかくずっとここにいると暑いし、雷が来そうだし・・・。

雷、という言葉に彼はビクっと反応し、こらえきれずにうわーと泣きだした。
ああ!!ああああ!申し訳ありません、すみません。わたくし、余計なことを言いました!言わなくていいことを言いました!
あの・・・ごめんね、あの・・・と、おろおろしていたら、しゃくりあげながら「でんわある?かして」と言われ、携帯を差し出すと、上手にピピピと操作してお母さんに電話して怒っていた。
「おかーさん!どこにいるの?れんしゅうおわったんだよ?どこ?」

何のことはない、お母さんはご近所の家に遊びに行っていただけで、すぐに戻ってくるとのことだった。

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それで安心して彼と別れてスーパーに歩く道々しみじみ考えていた。ああ、そうだったな・・・、小さい人々との会話にはコツがいるんだったな。
まず、口の回らない彼らの「らりよん=ライオン」「かめらら=仮面ライダー」「けひとほせ=京浜東北線」というような暗号を理解しなければいけないし、思いつきで唐突に口に出す言葉にあんまりマジメに振り回されたらいけない。とは言え、子どもの真剣な問いかけには真剣に答えてくださいとか言われるし、全く、世のお母さん方はなんと大変な生き物を取り扱っているのだ!


そう言えば、昔、まだ弟が小さかった頃に、身勝手なあの子は東京駅でオレ流に歩き出して見事に迷子になった。散々駈けずり回ってやっと見つけた時、弟は知らないおばさんに抱かれて泣きながら「もう二度とオレのことを迷子にするな!!」と激しく憤っていた。そして弟を抱いたおばさんは泣いていた。
あの、おばさんの涙がずっと印象に残っていて、どうして泣いていたのかしら、と思っていたけれど、きっとおばさんは小さい人との会話に慣れていなかったんだろう。そこに、うちの唯我独尊な弟がきっと「お母さんたちがオレを置いていった!」などと情感たっぷりに爆弾発言をしたのだろう。そして真に受けたおばさんは、私のように「ええ?捨て子?どうしたら!!」とパニックを起こしたのではないか・・・。そうだ、きっとそうに決まってる!

長年の疑問が晴れて解決されたような気持ちになったが、小さき者たちよ、どうかお願いです。あんまり思いつきの爆弾発言で大人をドキっとさせないでください。突然泣いたりしないでください。あなた方よりわたくし達の方が、ずっと心のかよわき子羊なのです、ホント。

小さき者へ・生れ出づる悩み (新潮文庫)

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