90億の神の御名

この世界のほんの些細なこと

セミファイナル

なかよしの友達、かえるさんと一番心が通じ合ったのは、お互い百人一首で一番好きな歌が蝉丸だった時。かえるさんは目をまん丸に見開いて言った。「え!!だってさ、みんなもっと「忍れど」とか「ひさかたの」みたいに綺麗な歌を選んだりするじゃん。蝉丸一番好きって人初めて見た!」私だって初めて見た。
子供の頃から蝉丸が好きだった。歌がどうこうより頭巾が。

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歌詞の「キミ」を「セミ」に変えると夏の訪れを感じる : 妹はVIPPER

こんなまとめサイトにゲラゲラ笑っているうちに、夏も終わりに近づき、生まれてくる蝉よりも死にゆく蝉の方が多くなった。生まれてくるものはこの世への希望と期待に満ちて、早朝、静かに殻を脱ぎ捨てるが、死にゆくものは「俺の死に様見とけ!見とけよ!!」と大暴れするものだ。

去年の夏の終わりには死に様アピールの蝉が我が家に入り込んできて、私は箒を持って「出て行って!家から出て行ってよ!!」とヒモ男を追い出すかのように蝉を追い回したものだった。ところが蝉はなかなか出て行かず、果ては本棚の後ろに墜落し、じりじりと羽を震わせた。
尾崎放哉は「咳をしても一人」という句を詠んでいたが、わたくしの場合「蝉が来ても一人」
本棚の後ろの蝉の死骸に虫が湧くのを知らぬふりして生きるか、結構立派な本棚を頑張ってどかすか、2つに1つだが、前者は有り得ない。残暑厳しい夜中、半泣きになりながら、本を床にばらまき本棚をにじり寄せて蝉を捕獲した。

その数日後、同僚の家にも蝉が侵入したと言う。バイク乗りの同僚は感無量と言った感じで言った。「いや、あの時ほどメットが役だったことはなかったよ。まめりんも絶対フルフェイスのメット買うべき!」・・・いやあ、バイクに乗らない私には、蝉との戦いかコンビニ強盗でしか使うチャンスないからねえ・・・。首をかしげるも「震災にも役立つよ!」と同僚は自信満々だった。そこに主任も入ってきて言う。「うちもこないだ蝉に襲われて!虫取り網があったけどね!虫取り網は常備すべき!」・・・いや、ないでしょ、普通。

あれから1年、そんな事もすっかり忘れて呑気に過ごしていた晩夏。
洗濯物を取り込んだら、靴下がカサカサ言う。あれ、なんかセロファンでも入ってたっけ、と取り出そうとして、私の中のエマージェンシーコールが大音量で鳴り出した。・・・ヤバい、これ、セミじゃない・・・?

間一髪、靴下ごとベランダに出して蝉は無事に放出したが、まったく油断も隙もあったもんじゃない。靴下の中に入ってまで侵入を試みるなんて、まるでスパイ大作戦じゃないか。どんな手段をとっても人の家に上がり込んで死に様オンステージ「セミファイナル」を見せつけようというのね!
危うく、フルフェイスのメットと虫取り網が必要になる所だったわ。うちはセミファイナルお断りの家なんですからね!そこんとこよくよく理解しておいてくださいね、蝉よ、蝉よ、蝉たちよ。