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90億の神の御名

この世界のほんの些細なこと

あとがきと解説

原田宗典が麻薬取締法違反で逮捕された、というニュースを見て、え!!と声をあげてしまった。

小説家の原田宗典容疑者逮捕=覚せい剤と大麻所持容疑―警視庁 (時事通信) - Yahoo!ニュース

とは言え、原田宗典の書いた本を読んだことはない。ただ、山田詠美の小説に書いていた解説を読んだだけだ。そして山田詠美原田宗典の小説に書いていた解説もエッセイ集で読んだ。山田詠美は彼のことを「原田くん」と呼んでいた。同世代なのだそうだ。それがなんとなく印象に残っていたから、私までニュースを見て「原田くん!」と思ってしまったのだ。

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可愛げのない子どもだったので、小学校時代、テストを受ける時はテスト用紙の一番上に教師や保護者向けに小さな字で書かれた「学習目標・ねらい」という項目をまず初めに読んで、大人がどんな答えを欲しがっているのかを確認してからテストに取り組んだ。
本を読む時も、途中で、あとがきや解説を先に読んでしまう。それでネタバレしようと構わないのだ。あとがきを読んで「どうやって読んでほしいのか」見当をつけたり、解説を読んで、「お、こんな人が解説を書いているのか」なんて思ったりする。

以前にはてなブログを電子書籍にするテスト版に自分の記事を載せてもらった時に、初めて電子書籍というものを自分の生活に入れてみた。本を読むのになんでわざわざ電気を使わなければいけないのかと思っていたが、想像した以上に便利ではあった。先日二本松に旅行に行った時も、文庫本を本棚から取り出して持っていく代わりに、Kindle智恵子抄を無料ダウンロードして電車の中で読んだ。人から薦めてもらった本も読みたくなったらすぐにダウンロードしていつでも読み始められる。

三浦しをんの「風が強く吹いている」という小説は人から薦められて、初めて最初から電子書籍で読んだ本だ。
それで、とても良かったので、古本屋で文庫を見つけて300円で買った。同じ物語なのに、実際の本で読むとまた全然違う。まず第一にiPhoneの小さなディスプレイに合わせた改行や改ページが文庫本のそれとは全く違うので見た目が違う。
そうか、電子書籍というのはデバイスに合わせて改行位置や改ページ位置が全く変わるのだな。そしてそれが変わるだけで、まるで知らない本を読んでいるような気持ちになるものだな。
本を読む時というのは、物語を追うだけでなく、こんなにも見た目の印象も追っていたのだな、と初めて気がついた。自分が気になったあの文章は右側にあったとか、左側にあったとか、物語全体の真ん中あたりだったとか3分の1あたりだったとか。それで言えば、電子書籍は下にどれくらい読み進めたか確認できるバーはあるけれど、実際の感覚として、これが本の真ん中あたりなのか終わりの方なのかを捉えにくい。
ああやっぱり、非常用としては電子書籍もいいけれど、実際の文庫の方がずっとずっといいなあと思った。

だって何より、電子書籍にはあとがきも解説もないのだ。あとがきを読んで、作者の素顔に思いを馳せたり、解説を読んで、コイツ良い文章書くな、コイツの本今度読んでみよう、と思ったり、こんなすごい人に解説書いてもらえるのかあ、やるなあ!と思ったり、この、義理だけで書かれたしょうもない解説はなんだ!と思ったり、そういう事も含めて1冊の本なのだ。版が重ねられるうちに、解説を書く人が変わったり、あとがきのさらにあとがきが付加されることなんかも楽しみなのだ。
だから、解説でしか見たことのない原田宗典を、まるでよく知っている作家のように思ってニュースにショックを受けたりもしたのだ。

itunesで買う音楽は歌詞カードとライナーノーツがないからCDよりも値段が抑えられているらしい。電子書籍ももしかしたら帯や解説がないから少し値段が安いのかもしれない。場所も取らない。いつでも好きな時に読める。自分の本棚ごと持ち歩けるようなものだし、マーカーもふせんもしおりもできて、単語の意味まで調べてくれる。
しかし、そこまでサービスしてもらっても尚、あとがきと解説の魅力を超えないのだ。私にとっては。