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90億の神の御名

この世界のほんの些細なこと

夢を売る仕事

劇団勤務時代の同僚かよちゃんは元保育士で、「大好きな子どもと遊んでるだけなのにお金がもらえるなんて、いいのかなって思ってましたー」とふんわり笑っていた。同じく元保育士で、私の敬愛する先輩かえるさんは「あたしはそういうのって違うと思うんだよね、仕事だから」と険しい顔で言った。
かよちゃんは退団して今年から保育士に戻った。そしてかえるさんは今年退団する。「もう無理、自分は人間嫌いかもしれない、この仕事に向いてなかったのかもしれない」と苦しげに眉を寄せながら。

先週、広島東洋カープ前田智徳が引退した。引退会見で前田は言っていた。「残念なことばかりで。つらい野球人生でした」

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一昨日、東京ヤクルトスワローズ宮本慎也も引退したが、会見でやはりこう言っていた。「好きで始めた野球なんですけども、プロになった瞬間に仕事になって・・・。よく最近、“楽しむ”“楽しむ”というんですけど、僕は一回も楽しんだことはない」

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勤めていた劇団の代表は事あるごとに言っていた。「見る天国、演(や)る地獄」

それは何も役者だけに向けられた言葉ではなかった。「この劇団が大好きなんです。休みなんていりません。ここで働くことが夢だったんです」と目をきらきらと輝かせて入ってきた若人が1週間持たずに辞めていくことはザラにあった。現実を目の当たりにしてきっと、裏切られて夢破れたような気持ちになったんだろう。

入団当初、舞台に興味がなかった私でさえ、夢を売る仕事の裏側で、劇団の目指す理想や芸術性とお客様の見たい夢、大人の事情と、なけなしの誠実さとブラックな労働環境との間で、好きなのか嫌いなのか、何をしているのか、続けるのか、何度も自問自答して泣いた。

求人に応募してきた若者たちに面接で無邪気に、「人に夢を与える仕事がしたいんです」「人と接することが大好きなんです」と言われると、夢を売る仕事に疲れ果てた自分が惨めで心の貧しい人間に思えて苦しくなった。
新人の頃はお客様が「チケットを忘れてきた」と言えば「なんとか力になってあげたい」と心から思ったものだが、警察も巻き込んだ様々なケースを散々見るうちに、「チケットを忘れた」と言われるとまず「本当に買ったんでしょうね、正規ルートでしょうね」とお客様を疑うようになった。そしてそんな自分の猜疑心に、誰よりも自分が傷ついた。

「好きなことしてお金もらえていいよね」「夢のある仕事でいいよね」
人にも親にもそう言われたけれど、やればやるほど、夢って何か、人は何を見たいのか、本当に好きでやっている事なのか、わからなくなった。
「私たちまるで、どうしようもない男と付き合って別れられない女みたい」と、同僚と笑いあったものだが、今だって「かつて愛して、同じ夢を見ていたけれど、上手くやっていけずに別れた恋人」のようにあの頃を思い出す。

だから前田智徳宮本慎也の「つらい野球人生だった」「一回も楽しんだことはない」という言葉がとても胸に迫る。私なんかよりもずっと言われただろう。
「夢を叶えたんだな」「好きなことを仕事にできていいよな」「夢を与える仕事だろ」「あれだけの金をもらってるんだから」「頑張ったかどうかじゃなくて結果が全てだ」「好きなことをしてるんだから耐えられるだろう」

子供の頃からずっと野球を愛し、プロに憧れていた分、苦しかっただろう。
好きって何か、野球が好きか、本当に好きか、好きならどこまでも耐えなければいけないのか、自分の夢や理想と、周囲の憧れや期待や妬み嫉み、そして結果を出さなければいけない勝負の中で何度も何度も自問自答しただろう。
すぐにコーチとしてユニフォームを着れないのはきっと、深く濃い愛情のせい、そして人の夢を背負うことに疲れ果てたせいだろう。

好きを仕事にするっていうのは、夢を売る仕事っていうのは、そういう事だと思う。
我が身を削って人の夢を背負い、自分の夢をすり減らしながら人に夢を売るんだ。