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90億の神の御名

この世界のほんの些細なこと

冬の証人

もしも今、私達のやっていることを本物の恋だと誰かが保証してくれたら、私は安堵のあまりその人の足元にひざまずくだろう。
           吉本ばなな「白河夜船」

そう、恋とは証人を欲しがるものだ。
人は皆、どんなに運命的な出会いであったか、どんなに相手が好きかを切々と語りたがり、そして人に「それは恋だね」と保証してもらいたがるものだ。そうして背中を押してもらって恋は加速していくのだ。

台風が過ぎたら、ぐっと寒くなってきた。大変だ、冬が来る。
昨日は、灯油宅配の連絡も来たし、インフルエンザの予防接種も受けてきた。
夜寝る時だって油断していると肩が冷える。
つい10日前までは「俺なんかまだタオルケットで寝てるよ」と言っていた課長もさすがに掛け布団を出したと言っていた。

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毎年この時期になると、くよくよと頭を悩ませることがある。
コートっていつから着ていいの、タートルネックのセーターはまだ早いの?石油ストーブは?ボアシーツはいつから出していい?湯たんぽは?冬っていつから?11月はまだ秋?

好きにすればいい。馬鹿馬鹿しい。

人はそう言うだろう。そうとも、その通りだ。けれど思い悩んでしまうのだ。
今からボアシーツを導入したら、もっと寒くなるこの先を乗りきれないのではないか。どのように長い冬のペース配分をすればいいのか。11月になるまではコートは出してはいけないのではないか。

こうやって悩むようになってしまったのはいつからだろう。昔は何も考えていなかった。何も考えない私の前で、寒がりの母が半纏を着込んで背中を丸めながら「こたつは11月まで我慢しなきゃダメよね」なんて呟いていたものだった。
それなのに今では同じように呟いている。「ボアシーツはまだダメだよね」

もしも今、誰かが「いついつからはボアシーツもコートも出していいよ、もう冬だから」と冬を保証してくれたなら、私は安堵のあまりその人の足元にひざまずくだろう。

気象庁は「桜の開花前線」をお知らせしたり、入梅を宣言したりするのに、どうして「冬宣言」はしてくれないのか。桜前線の代わりに「コート前線」「ボアシーツ前線」を発表してくれても良いではないか。
「今日からはコートを着てもおかしくありません」と高らかに宣言をして、背中を押してくれたなら、私は安心して冬支度を加速させていくというのに。