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90億の神の御名

この世界のほんの些細なこと

覆水盆に返らず

泡沫

去年の夏頃、スペインの教会のフレスコ画を修復したら大変なことになったというニュースがあった。

【善意が生んだ悲劇】80代の女性が勝手にキリスト壁画の修復を試みる → 絵が下手すぎて顔が別人に | ロケットニュース24

そして、つい先日は中国で修復された壁画が大変なことになっているという話を聞いた。

中国、清朝時代の壁画で「修復の悲劇」

そう、修復とは、時として取り返しのつかない惨事を引き起こすものだ。
昔、我が家の外壁塗装に来てくれたお兄さんは、親切のつもりで、玄関に下がる古道具の鈴を薄紫のペンキで塗ってくれた。「あれじゃあんまりひどすぎたもんな」とにっこり笑う彼に、母はひきつった笑みを浮かべていた。「あの錆が風情だったのに…」と。

夏にこみち(id:kazenokomichi)さんのブログで、鷽(うそ)という鳥の実物を見て、木彫りのうその事を思い出していた。
天神様の「鷽替え神事」で販売される木彫りのうそは、悪いことを嘘に変えてくれると言う。
それで、私の高校受験の時に祖母がお守りにと買ってきてくれた。

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その後惨事が発生したので、詳しくは覚えていないが、確か、写真のようにしゅっとした長い尻尾がついていたはずだ。
まだ小さかった下の弟(当時5歳)には、あれが気になって仕方なかったのだろう。いじり回しているうちに尻尾が折れたらしい。そしてそれに焦った弟は、カッターを手に修復を試みて、不細工な尻尾を作りあげた。
その不細工さと言い、「ま、まめちゃんが高校に落ちたら大変だって思ったから、オレ・・・、オレ、尻尾作ろうってしたんだけど」としくしく泣きじゃくる弟の姿と言い、おかしくておかしくてとても怒る気になれず、大笑いしてしまった。

あの下手くそな修復がおかしくて、あのうそはあれからずっと実家のサイドボードに飾られていた。
こみちさんのブログで、それをふと思い出して、母に「あのうそ、どうしたっけ、ほらあの、うずら氏が尻尾を不細工にしたやつ」と尋ねたら、まだあるはずだとのことだったが、どうしても見つからない。
「おかしいなあ、捨てるはずはないんだけどなあ。あの子は本当昔から、ああいうことするタイプの子よね。上の子だったらにっこり笑って「ごめんね」でおしまいなのにさ」と、母と二人、まるで昨日のことのように、あの時のことを鮮明に思い出した夏の終わり。

昨夜、母から電話があった。「あのうそ、見つかったのよ!あの子の幼稚園バッグなんかを入れた思い出箱に入ってたんだけどね、ただ…」と口ごもる。
なに?どうしたの?
「あの子さあ、あの後、また修復を試みたみたいなの…。それで、最初の不細工なしっぽも取れちゃって、ただの緑の虫みたいになってるの。どう?いる?」

・・・いるかいらないかはともかくとして、更なる手直しが加えられていたとは!今明かされる衝撃の新事実。あの子ならいかにもやりそうなことだ。おまけに修復不可能で、もはや鳥ですらなくなってしまうなんて。修復に修復を重ねたこの悲劇。

本当は、あのうそをもう一度見せてもらったら、今度のお正月の鷽替え神事で神様にお返ししてこようと思っていた。でも、あの子の不細工な修復の手が加わったうそはこの世にオンリーワンで、もはや大切な思い出になってしまったので、お返しはできないなあ。
あの有名な讃美歌「きよしこの夜」は、教会のパイプオルガンが壊れていたことが原因であのメロディになったという話がある。正しいメロディはどうあれ、今となっては「きよしこの夜」はあのメロディでなければダメだ。
それと同じように我が家のうそは、あの不細工なうそでなければダメなのだ。
覆水盆に返らず。そして災い転じて福となす。