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90億の神の御名

この世界のほんの些細なこと

気は心

あと10日足らずでお誕生日がやってくる、というある日、定期券を買いに行った駅の窓口で年齢を聞かれ、ちょっと困りながら「来週お誕生日なんです」と言ったら、駅員さんは「それなら今の年齢にしておきましょうね。気は心って言いますから」とにっこり笑って言ってくれた。
「気は心」
なんて素敵な言葉を咄嗟に使える人なのか、と感心した。

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ここ最近、電車の中に貼られた、日能研の入試問題の広告がずっと気になっている。
解答と解説 | 2013年10月掲載 麗澤中学校【国語】 | シカクいアタマをマルくする。 | 中学受験-小学生のための中学受験塾。日能研

けちんぼうが金のかたまりを手に入れました。
そして地面に埋めておき、
毎日埋めた場所にやってきては、ながめていました。
ある日のこと、金のかたまりが
盗まれたことに気づいたけちんぼうは、
髪の毛をかきむしって泣きわめきました。
けちんぼうがひどく悲しんでいるのを見て、
近所の人が言いました。
「どうぞ、そんなに悲しまないで。
その穴に石を埋めて、それを金だと思いなさい。
同じことですよ。だって…【A】

これはウィリアム・J・ベネットの文章で、「Aにふさわしい答えを書きなさい」というのが麗澤中学校の入試問題に使われているそうだ。
うーん・・・難しいなあ、私だったら・・・私だったら・・・。
「そこにあると思えばあるんですよ。気は心って言いますからね」かなあ。
賢いリスのように頭をくるくる働かせて、日頃から難しい問題に挑戦している小学生達はこの問題になんと答えるんだろう。

模範解答は
「金がそこにあったときにも、あなたにはなんの使いみちもなかったんですから」
だそうだ。なんと!なんとクールな!

解説によると

「だって」に続く部分は、穴に金を埋めても石を埋めても「同じこと」だと、「近所の人」が考える理由にあたる内容が入ります。「けちんぼう」の行動が、「近所の人」からはどのように見えているのかを考えてみましょう。

確かに、近所の人は「バカだな、あの人」と思いながら見ていたのかもしれない。
けれど、問題文を読んだ時、私は「近所の人は慰めてあげるなんて優しいなあ、けちんぼうは、けちんぼうだけれどそれなりに人付き合いのある人なんだなあ。考えてみれば、けちんぼうなだけで、質素に生活し、特に人に自慢したりもしていなかったのかもしれないな」と思ったのに。それなのに「どうせ使い道ないんだから、石でも埋めとけばいいじゃん」って!
そんな橋田壽賀子ドラマみたいな台詞をシレッと答えられる小学生なんてこの世にいるの?

尚、この物語から得られる教訓とその理由、という問いの答えは

けちんぼうは金のかたまりを「毎日埋めた場所にやってきてはながめ」ているだけで満足している。つまり、この人物は財産を持っていることに価値を置いているのだ。よって、たとえ金のかたまりが盗まれなかったとしても、けちんぼうがこの金のかたまりを利用するとは考えられない。近所の人が「同じことですよ」と言ったのは、この金のかたまりが地面に埋まったままで今後も活用されないのであれば、それが何の価値も生まないただの石でも変わりはないからである。以上のことからこの物語の教訓には「財産はいかに活用するかでその価値が決まる」がふさわしい。

との事だ。
まるで「30代、財テクに夢中なサラリーマン」「日本経済を回していかないとね」みたいな答えだ。そんな考え方のできる小学生・・・。おお、イヤだイヤだ。子供の頃からそんな事ばっかり考えていたら、すぐに老け込んでしまうわよ、気は心って言うんだから!

でも中にはきっと、小学生らしく「心の中にあるよ」とか「錬金術を身につける」とか、もっと突拍子もない答えを一生懸命考えてくれる子供もいることだろう。私だったらそういう子をとるよ。気は心って言うものね。