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90億の神の御名

この世界のほんの些細なこと

暗い夜のこと

泡沫

おうし座流星群が見えると言うので、昨夜、ご飯を食べた後に外に出て、暗闇を求めて近所をふらふらと彷徨った。

星を観に行こうとする時、いつも少しの後ろめたさと共に、あの震災の時に回っていたツイートが胸をよぎる。

それは友人も同じようで、毎回星を観た帰りの車の中で、街明かりを見下ろしながら「震災の時の東北はものすごく真っ暗で星がよく見えたって言うね」と呟く。

とんでもないことが起きて、何が起きたかもまだよくわからない中で、家族が見つからない中で、家も失った中で、3月のまだ寒い夜の暗闇の中で、どんな気持ちでその美しい星空を見上げただろう。
何一つ失わなかった私が、初めて見た暗闇にあんなにもひどく打ちのめされていたというのに。

そう、私は震災の後、2ヶ月くらいずっと、小さなパニックとヒステリーの波の中で打ちのめされて溺れかけていた。何より私を打ちのめしたのは、計画停電の夜の闇だった。

計画停電なんて、せいぜい4時間もすれば、必ず電気がついて元の生活に戻る。
それなのに、信号も街灯も全て消えて、お店も閉められたあの暗闇が、震えるほどにショックだった。
自分の住む街が、あんなに真っ暗になるだなんて思いもしなかった。今まで夜中だって普通に歩いていたこの場所が、懐中電灯を持たないと歩くこともできないなんて。
「これまで当たり前だった暮らしをなくしたんだ」と、暗闇の中を泣きながら歩いた。

二度目の夜の計画停電では少し慣れて、ロウソクをつけてラジオを聴いた。FMヨコハマは、計画停電をどうやって楽しく過ごすか、というメッセージを募集していて、「家族みんなでロウソクの灯りの前で身を寄せて、久々の団らんです」とか「キャンプだと思って過ごしています」なんてメッセージを紹介していた。
同じ闇の中で、そうやって楽しんで過ごしている人もたくさんいたのに。
なのにくよくよメソメソ打ちひしがれて、ずいぶん呑気ないいご身分だ。

今じゃこうして暗闇を探しに行くんだから、あの時だって空を見上げて星を眺めれば良かった。それだけの心の余裕があれば良かった。
街灯りが消えて、ずいぶん綺麗に星が見えたろう。

被災者でもないのに、あんなにショックを受けなくても良かった。ピリピリ張りつめたり、おろおろしたりする必要なんてなかった。無事でいることの幸せに感謝して、落ち着いていられる強さがあれば良かった。もっと大変な人の事に想いを馳せれば良かった。

そんな風に、あの暗い夜のことを思い出しながら、星のよく見える暗闇を探して歩いた。流れ星は見つからなかったけれど、家の近所でも、うっすらと昴が見える事を知った。

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もしもまた何かが起きて、暗闇の中に一人でいたとしても、その時は空を見上げてすばるを探そう。落ち着いて強くあれますように。