ほんとうに、やさしい
訪問者はみんな、自分としてはいちばんきれいに見えるようにつとめるのよ。女たちが、いちばんきれいなもんはなんでも、それこそ古いもんでも、ほんとうになさけなくなったもんでも、何もかも身につけようとするその気持、とてもやさしい、あったかいもんだわ。
トルーマン・カポーティ「ティファニーで朝食を」瀧口直太郎訳
これは「ティファニーで朝食を」のホリーが、毎週木曜日に訪問することになっているシングシング刑務所の面会の様子を説明する台詞。
ホリーはさらに続ける。「あたしのいちばん好きなのはおたがいに会ってとても幸福そうなことなの」
「でも、そのあとはちがうのよ。その人たちをあとで汽車の中で見るんだけど、じっと静かにすわって、河が通りすぎてゆくのを眺めてるだけなのよ」
夏に、青春18切符で福島の二本松に出かけ、智恵子抄ゆかりの旅をしてきた。
「あれが阿多多羅山、あの光るのが阿武隈川」という高村光太郎の詩、「樹下の二人」の地は墓苑のすぐ隣にあって、手桶代わりにやかんがいくつも下がっていた。
近所のばあちゃんたちが「手桶じゃ重いし、使いにくいわよ」「やかんの方がいいんじゃない?古いのならうちにあるわよ?」なんて言いながら出しあったんだろうか。時間をかけて、ようやくここまで揃ったんだろうか。
笛吹やかん、アルミのやかん、琺瑯引きの赤いおしゃれなやかん。
こういう種類の優しさに弱い。
ネスカフェゴールドブレンドの空き瓶に無造作に野の花を投げ込んで飾ってある、だとか。
それはホリーの言うように、とてもやさしい、あったかいもんだわ。
- 作者: カポーティ,龍口直太郎
- 出版社/メーカー: 新潮社
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昨日が仕事納めで、たくさんの人と何度も何度も「よいお年を」と言葉を交わした。
素直に人の幸せを願う、この言葉のやさしさに、毎年毎年、何度だって心を打たれる。知らないおじさんたちが「それでは、よいお年を」なんて挨拶をし合っているのを見ると、そのあたたかさと優しさにじんとする。
新年の「おめでとうございます」よりもずっとずっと「よいお年を」の方が切なく、あたたかく、やさしい。
もしかしたらそれは、別れの言葉だからだろうか、とふと思った。
やさしい別れの言葉を交わして、みんなそれぞれの家へ帰って行く。帰省の新幹線の中で、じっと静かにすわって、河が通りすぎてゆくのを眺めたりしながら。
よいお年を。