90億の神の御名

この世界のほんの些細なこと

ドアのない家

初めて一人暮らしを始めたのは、ちょうど、酒鬼薔薇事件の頃で、犯人はまだ捕まっていなかった。まさか少年の犯罪だなんて誰も思っていなかった。
「犯人は関東に逃げてきている」という噂もあったし、古い木造のアパートはドアくらい簡単に蹴破られてしまいそうで、もしも家に来たらどうやって逃げようか。窓から飛び降りようか」と、震えながら眠った。

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さて、一時は続編を見失った「大草原の小さな家」シリーズ、2巻目「大草原の小さな家」に着手したが、物語は一家が住み慣れた大きな森を離れ、大草原に向かうところから始まる。
大きな森に住人が増えたことに父さんは我慢ならないのだ。人の手が入っていないところに住みたいらしい。母さんは「まだ寒い時期だしもう少し住み慣れたこの温かい家で過ごしたい」と思っているのに、父さんは「すぐにでも出発する」といい、近所に住む親戚たちにも別れを告げて慌ただしく旅立つ。

事ここに来て、私は気付いた。
厳しい自然の中で、物資も足りず、創意工夫を重ねて生活をたてる父さんに、すごいな、こういう開拓者のお陰で今日の我々の生活が成り立っているんだな、と敬服していたけれど、この人、ただの趣味なんだな。
わざわざ好き好んで不便なところを探して出かけて行くんだな。男の浪漫てやつか。
夢を追う姿勢も、サバイバル能力も、すごいとは思うけれど、ちょっとついていけない。私だったら「さあ、明日にでも旅立つぞ」なんて言われたら腹をたててしまう。でもインガルス一家は優しいので、みんな父さんについて一緒に旅立つ。
そして氷が割れやしないか不安に思いつつも凍った大きな湖を渡り、流されそうになりながら大きな川を渡り、大草原の真ん中に新しい家を建てる。

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角川つばさ文庫の「大草原の小さな家」特設サイトにはこんなマンガ的な挿絵がついていて父さんは「狩りと大工仕事が得意」と書いてある。
得意どころじゃないぞ!あの人ときたら一日にしてログハウスの壁をつくりあげ、二日目の午前に窓、午後に手作りレンガにてかまどをつくるような仕事ぶりよ?屋根はとりあえず布がけ。玄関ドアはまだなく、布が下げてあるだけだ。そしてノコギリでおもむろに壁に切れ目を入れて窓を作る。窓ガラスも雨戸もない「穴」だ。
その家を、夜、狼の群れが取り囲む。玄関ドアもなく、窓もただの穴で、どこからだって狼が入ってこれるこの状態で、「大丈夫よ。眠りなさい」なんて母さんに言われたって、玄関口にかけた布の後ろで父さんがライフルを構えていたって、番犬が唸りをあげていたって、どうして眠ることができよう。想像しただけですくみ上る。

昨日から逃走している、川崎の集団強姦容疑の犯人の住まいが割と我が家に近く、近所で目撃情報も出ている。同僚の家は同じ町内だ。それで「怖いね」と話しながら、なんとなくサファリパークを行くような緊張感で家に帰った。
犯人のお友達は「いいやつだ」とツイートして物議を醸しているけれど、大抵の人はみんな「いいやつ」で、何かのきっかけで、突然「犯罪者」になったりする。その危険性はどこにだって潜んでいるから、何も今日だけ特別なわけじゃない。
でもこういう事があると、改めて気が付く。
いつだって、窓がただの穴で玄関ドアのない家にいるようなものなんだよな。それでも「家の中だから安心」なんて思っているだけなんだよな。父さんの「男の浪漫」についていけないわ、と思いつつ、同じようなものなんだよな。