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90億の神の御名

この世界のほんの些細なこと

死ぬかと思った

金曜日、会社帰りに近所の百貨店に立ち寄ったら、盆栽展が開催されていた。「BONSAI」だって。ふーん。なんで今ってなんでもこうなの?「BONSAI」とか「CHINTAI」とか「SOBA」とか。普通に書けよ、普通に。

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なんて思いつつ、ミニ盆栽が可愛らしくて心惹かれる。小さいくせに生意気に街道沿いの一本松みたいに立っていて、私のような妄想癖の強い者はつい「もし、旅の方・・・」なんて旧街道の旅路を想像する。
気さくなおばさんが「最初は敷居が高いかもしれないけれど、やってみれば案外難しくないんですよ。これは長寿梅。木瓜です。ちゃんと花が咲きますよ」と声をかけてくれる。いいな。いいな、欲しいな、どうしよう。
迷いながら、今は買わずに帰宅した。

12月に初めて人間ドックを受けたら、まあ、あれこれとガタが来ていた。ポリープ除去、血液と尿は再検査。おまけに先生は重々しく言う。
「肝臓に大きな腫瘍ができています。どうしてこんな・・・。今まで何の検査もしなかったんですか。CT造影を行いますからすぐに日程の予約をしてください。年内に受けてください」

・・・なんだかドラマティックな展開になってきた。大きい病気の可能性がある場合には「年内はちょっと・・・」とか「もう少し様子見ますから結構です」とか言う選択肢はなく、レールに載せられたように次々と検査が用意されていくのだな。
それで、年末にCT造影をやってきた。

肝臓の腫瘍には「肝血管腫」という良性で、特に女性がなりやすく、何の影響もないものが多いというのをネットで調べて、おそらくそれだろうとたかをくくっていたのに、造影の結果を見た院長先生はちょっと困ったように「典型的な肝血管腫、と言えるものではないね。腫瘍マーカーの結果を待ちましょう。年明けにまた来てください」と言う。

マジか。うーん。腫瘍マーカーって、なんだかとっても病気っぽいじゃん。

傲慢に聞こえるかもしれないけれど、長生きしたいと思ったことはない。ちょっと鬱っぽい時期には「自殺をするつもりはないけれど、早く死にたい」と神様に祈ったことさえある。だから、別に病気だっていい。ただ・・・。

更に傲慢で身勝手なことには、「早死にはいいとして、闘病生活と医療費がかさむのは困る」としみじみ考える。
万が一、癌だった時、私の少ない貯金で足りるんだろうか。どうせ治らないなら治療しなくていいんだけど、そんなこと許されるんだろうか。女性特有三大疾病の共済に入っているけど、肝臓は対象外だろうし、腫瘍が見つかった今からじゃ保険の新規加入もできないだろうしな。

「ま、なるようにしかならないな」と開き直って、思い悩んだり鬱々としたりはしなかったけれど、なんとなくこの年末年始は「身綺麗にしておこう」とか「今あれを買っても余命いくばくかもしれないし」なんて考えて過ごした。
それで、盆栽も「明日の結果が出てから考えよう。病気だったら世話できないもんな」と通り過ぎた。

昨日、病院に行って腫瘍マーカーの結果を聞いてきたら、数値は正常範囲内なので経過観察して3ヶ月後に超音波ですって。
なあんだ。もう、医者ってどうしてあんなに役者魂を発揮して思わせぶりに物を言うのよ、いやあね。死ぬかと思った。

それで、健康で良かった記念に盆栽を買って帰ってきた。

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長寿梅。長寿じゃなくてもいいけど、病気はいやだな。
少しだけ、「自分が死にゆくための手配」を割とリアルに考えた今年の始まり。

死ぬかと思った

死ぬかと思った