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90億の神の御名

この世界のほんの些細なこと

くぼさん

泡沫

今朝、台所の窓から明けていく空を眺めながら、ふと南野陽子の「あなたを愛したい」という歌を思い出して口づさんだ。
「あなたの夢でふと目覚めた夜明け 葡萄色の空に瞬く星屑がゆれてた
恋の予感がそっとささやいてる 目覚めに見る夢はかなうと」

小学生の頃に発売された歌で、地味な曲調だし、本人主演の映画の主題歌とは言え、そんなに大ヒットしたわけでもないのに、どうしてこんなに正確に歌詞を覚えているかと言えば、それはあの頃、夢中になって読み漁った「明星」とその付録「Young Song」のおかげに他ならない。

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この前、古本屋で昔の明星を見かけて「あ、これ持ってた!!」と胸がぎゅっとしたわよ。

ところで、かつての職場にくぼさんと言う先輩女性がいた。それは厳しく恐ろしい人であった。後輩の私たちだけでなく同輩も先輩も、上司でさえ、みんなくぼさんにびくびくしていた。
どれくらい恐ろしいかと言えば、大好きなジャニーズの番組の録画設定を忘れて出社してきて、会社から母親に電話するも「だから、そのボタン押せって言ってんでしょ?いいから、押して!黙って言われたとおりにして!」と大声で怒るくらい・・・。
お、お、お、恐ろしい・・・。恐ろしい・・・。

ラーメンの話をして「私は味噌が好きです」と告げた所「味噌ね。昔はそうだった。でも人間、最後は塩に戻るものよ」と言われ、「いや、ずっと味噌です」とも言えずに「きっとそのうち塩好きになるのか・・・」といまだに戦々恐々としているくらい。
今まで明星から得た知識だけでくぼさんとのジャニーズトークを乗り切ってきたけれど、ついうっかり「V6の岡田くんカッコいいですね」と話を合わせたばかりに、あんまり興味のなかった、岡田くん主演映画「東京タワー」を見に行くことになったくらい。。。
あの頃、心底学んだことは「ジャニーズネタは大人の礼儀作法の一環である」ということだ。恐ろしや・・・。

とにもかくにも、くぼさんの前では誰もが戸棚にしまえそうな程小さくなっていたあの頃、昼休みにみんなで夢の話で盛り上がった。
人生の目標という意味での夢ではない。寝て見る夢だ。おかしな夢を見た、とか夢占いだとか、そんな他愛のないこと。
そこへ昼休みを終えたくぼさんが戻ってきて、一瞬静まりかえったが勇気をだして聞いてみた。
「今みんなで夢の話してたんですけど、く、くぼさんはおかしな夢見たりとか、しますか?」
くぼさんはぴしゃりと言った。
「あたし、夢とか見ないから」
あ、あ、そうなんですか、あの、でも、ほら、人間誰でも夢見るけど忘れちゃってるだけ、なんてことも、言いますよねえ?

・・・きっと今同じ状況になっても、同じことを言ってしまうのだと思う。あんな恐ろしい目に遭った後でさえ。
冷や汗を垂らし愛想笑いを浮かべた私に、くぼさんはキっと振り向いて大きな声で言った。
あ た し は 見 な いって言ってんでしょ!!」

はいっ!!!!
直立不動で返事をし、くぼさんが部屋を出て言ってからみんなでこっそり「くぼさんは夢を見ない」「見ないから」「夢の話、禁止ね」と確認し合った。
今思い出しても、心臓が縮み上がるほど怖い。

だから今朝も、小学生の頃に好きだった男の子の夢と、南野陽子の歌に一瞬ときめきかけたのだけれど、すぐにくぼさんの夢の話を思い出して、自省した。
浮かれちゃダメ。くぼさんに怒られる。くぼさんは夢を見ない。くぼさんに夢の話はしてはいけない。くぼさんは・・・恐ろしい!

まあ、夢の内容自体、好きな男の子に「お前、シャツが後ろ前だぞ」って言われるという、ときめきも何もない夢だったんだけれど。
それでも、やっぱりちょっとだけ、嬉しくなるわね、くぼさんには内緒で。