90億の神の御名

この世界のほんの些細なこと

煮豆の思ひ出

中学3年の頃、初めて塾の冬期講習というものに通った。塾に通うなんて、受験生っぽいわー!朝から晩まで勉強なんて受験生っぽいわー!と呑気にトキめきながら。
理科の問題文の「鉢植え大根」という言葉に気をとられ「鉢植え大根てことは、鉢はものすごく長いんですか?」などと見当違いの質問をして「君は余計なことばかりに気をとられすぎだ、そんな事では受験に失敗する」と叱られたりもしたけれど、おかげさまでなんとか合格した。

高校生になって、ちょっと落ち着いた頃、同じ塾だった友人たちから先生方の消息を聞いた。
あの時「余計なことばかりに気をとられすぎだ」と私を叱った先生は、キャバクラのお姉ちゃんに貢いで借金まみれになって塾を辞めたのだそうだ。・・・そう・・・。先生もいろいろある、一人の人間なのね・・・。
そして、もう一人、チャキチャキしていてちょっとカッコいい感じの女の先生がいた。担当は古典。みんなに人気があって、授業の前には必ず「先生、今日も子供留守番なの?」「うん、今日は豆煮てるよ」なんてやりとりをしていた。
へえ~、先生はお母さんなんだな、大人だな。そして子供は豆を煮てるのか、しっかりものだな。

・・・と感心していたのに、あの先生に子供はいないと言う。それどころか独身だと言うではないか。
え!!!と、驚く私に、塾の友人たちはみんなで笑った。
「ちょっと、まめ、本気で信じてたの?」「だって、先生どう見ても20代前半じゃん」「子供が留守番中に一人で豆煮てたら危ないじゃん!」「あれは先生のジョークだよ!」
・・・20代後半に見えたよ!!だから子供いるんだな、大変だな、あんまり迷惑かけたらいけないなって思ってたよ!小学生くらいなら火も使えるのかなって思ってたよ。なーんだ。なあんだ。嘘だったの。あんなにサラっと嘘つくのか。ちょっとカッコいいな。「豆煮てる」っていいセンスの嘘だな。

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さて、世の中、クロワッサンたい焼きなるものが流行してるんですってね。この前同僚が言っていた。
「なんか、すごいらしいよ?24層なんだって。すっごい流行ってるんだって。」
薄皮たい焼 銀のあん
ふーーーーん。クロワッサンたい焼き、ねえ・・・。まったく昨今の世の中ときたら・・・と、保守派の私は眉を顰めていたのだけれど、今日「銀のあん」の前をたまたま通りかかったらすいていたので、ついつい購入。

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皮の甘さにあんこが負けて、あんこというデザート感が感じられず「煮豆」という感じだった。「クロワッサンたい焼き」と呼ぶより、「煮豆デニッシュ」って感じでちょっとアンバランス。
生意気な事を言ってもぐもぐしながら、「煮豆か・・・」と塾の先生のことを思い出した。

どうしてあの不思議なジョークを選んだんだろうな。ちょっと派手な顔立ちの美人な先生だった。
中学生の私は素直に信じて、高校生の私は「いつか自分もあんなセンスのいい嘘をさらっと言ってみたい」と思っていた。
そしてあの頃の先生よりもずっとずっと大人になった今の私は、「あんな感じのかっこいい嘘をサラっとつけていないな」「それにしても何故あの嘘を」と疑問を感じつつ先生を思い出している。
世間で大流行中だという、煮豆風味の「クロワッサンたい焼き」を食べながら。