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90億の神の御名

この世界のほんの些細なこと

自由(リベルテ)

泡沫

欲望もない不在の上に
裸の孤独の上に
死の足どりの上に
ぼくは書く おまえの名を


戻ってきた健康の上に
消え去った危険の上に
記憶のない希望の上に
ぼくは書く おまえの名を


そしてただ一つの 語の力をかりて
ぼくはもう一度 人生を始める
ぼくは生まれた おまえを知るために
おまえに名づけるために


自由(リベルテ)と

    
       ポール・エリュアール「自由」 安東次男訳

通っていた高校は校則がなかった。制服もなかった。
先日、高校の先輩たちと久々に会って「入学当初はいろんなことが衝撃的だったよね」と懐かしく語り合った。
「入学したその日のホームルームで「髪型ももちろん自由ですがモヒカンは後ろの席の人の妨げにならないようによく考えてください」って言われたもんな」と笑う先輩。
ああ、確かにあったあった。それで、席替えで一番後ろの席になったとたんにイリエくんがモヒカンにしてきたんだった。

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そんな話をすると、他校に進学した友人たちにはずいぶん羨ましがられた。確かにとても楽しかった。でも入学前に出された「自由とは何か」という作文以降、卒業するまでずっと何度も何度も繰り返し「自由とは何か」という問いを突きつけられ続けた高校生活だった。
時々息苦しいこともあった。校則があれば、それに従ってればいいんだもんな、その方が楽なんじゃないかと思ったことさえあった。

例えば、先生の都合で授業が自習になったら、別に教室で静かにしていなくてもいい。どこかに行っても帰っても構わない。
だから、6限まである授業のうち、3、4限が自習だった時、おとなしく午後まで残っていると先生たちに「君たち、全然頭使わない子だね。どうして、5、6限の先生にかけあって授業を繰り上げてもらわないんだ。そうすれば午前中で帰れるじゃないか。そういう交渉をする能力を養え」と鼻で笑われる。

「自由」という権利を行使するために、負わなければいけない責任について考えろ、自由でいるためにどうすればいいか考えろ。
授業をサボることも、朝のホームルームに遅刻することも何も言われないけれど、それで単位を落としたなら、それは自分の責任。
お寺の入り口に「ここで履物を脱いでください」と書いてあった時、あなたはどんな風に靴を脱いでも自由です、でもその時に、靴を揃えて脱ぐ自由を選べる人になりなさい。

時折「自由」にうんざりした。誰かが勝手に決めてくれないかな、と思った。
つくづく「自由」っていうのは小骨の多い魚みたいなものだな、と思った。
美味しい、でも面倒くさい。

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鯵のひらきを焼いて、フレークにしようと、黙黙とほぐして小骨を取る、冬の夜。
自由とは何か、との問いにうんざりしていたあの頃のことを思い出していた。
あの頃から今日まで、ずっと自由にやってこれた。
時々小骨が喉に刺さって泣いたりもしたけど。

今はこうして大雑把に小骨をとって、ちくちくしたらそれはそれでまあいいや、なんて思えるようになったんだ、自由に。

エリュアール詩集

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