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90億の神の御名

この世界のほんの些細なこと

地の塩

ごはん

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これは鎌倉の塩の道。
鎌倉時代、海から塩を運ぶために石を切通して道を作ったのだそうだ。大昔の技術で必死に岩を砕いて道を作らねばならぬほど、塩は必需品だったのだな。

子供の頃、通っていた教会学校では聖書からの言葉をとった「聖句かるた」というのがあった。今でも覚えているのは「て:天までとどくかバベルの塔」、「わ:私たちは地の塩です」
バベルの塔はともかくとして、地の塩に関しては「塩?」と頭の中がハテナでいっぱいだった。今だって実はよくわからない。でも「昔の人にとって塩はとっても大事なものだったから、塩=かけがえのないもの」という意味らしい。
wikipediaの「地の塩、世の光」という項目を参照すると、深いんだかシュールなんだかよくわからない微妙な気持ちになる。

塩は何であるか
地獄では、蛆が尽きないし火が消えない。皆すべて、火によって塩味になる。 - マルコ9:48、9:49
あなたたちは地の塩である。 - マタイ5:13
塩は良いもの。 - マルコ9:50、ルカ14:34
塩が塩気を失った場合
何によって、その塩に塩味をつければよいのだ。 - マタイ5:13、マルコ9:50、ルカ14:34
何の役にも立たず、捨てられ、人々に踏まれる。 - マタイ5:13
畑にも肥料にも役に立たず、捨てられる。 - ルカ14:35

・・・何によって塩味をつければよいのだ!!!!

今のように冷凍冷蔵技術が発達していたわけではないから、塩は保存食のためにも絶対に必要だった。
それは西洋だけじゃなくて、日本でだってあの忠臣蔵の事の発端は塩だった。そう、塩だったのです。
だから向田邦子もエッセイの中でこう書いている。

昔は、塩気を粗末にするとひどく叱られたものだった。
お刺身を食べるとき、銘々が小皿に醤油をつぐ。
子供のことだから、つい手がすべって多い目についでしまう。どうにか使い切れば文句はないのだが、残ったりしたら大事だった。
「お前は自分のつける醤油の分量も判らないのか」
と叱られるのである。
「残しておいて、あした使いなさい」
私の小皿だけは蠅帳に仕舞われてしまう。

そして、次の食事の時、自分だけは古い醤油を使わなくてはいけなくて、古い醤油はなんだか粘っているような気がしておいしくない、それでも使い切れないと番茶を注がれて飲まなければいけない、とエッセイは続く。
別に自分がそんな厳しい家庭に育ったわけでもないのに、まるで自分の体験のように生々しくその光景が目に浮かぶ。

霊長類ヒト科動物図鑑 (文春文庫)

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かつて実家の冷凍庫の中に秘密のタッパーがあった。中には何層にも別れた茶色い液体がカチコチに凍り付いている。それは魚の煮汁の残りだったり麺つゆの残りだったりした。
それがたまると母は鍋いっぱいの卯の花を炊いてくれたものだった。
私は卯の花がとても好きだったのでもっと頻繁に食べたいと思っていたけれど、今みたいに真空パックでおからが売られていたわけではなく、お豆腐屋さんにわざわざもらいに行かなければいけなかったし、何よりあのタッパーがいっぱいになるまでは「いろんな煮汁がないと、卯の花は絶対おいしくないのよ!」と言って、母は決して卯の花を炊いてはくれなかった。
だから私にとって卯の花は「貧乏なおかず」ではなくて「煮汁ストックの溜まった時にしか食べる事のできないありがたくて嬉しいおかず」だった。

そうして母が塩気のつゆを大事そうにため込んでいるのを見ていたせいだろうか、どうにもこうにもいろんなつゆが捨てられない。
煮物のつゆ、麺つゆ、醤油はもとより、おでんや茹で鶏、茹で豚の茹で汁もシーチキン缶の汁(ノンオイル)も、さば缶の中の煮汁も、昆布巻きのだし汁も。

別に誰に食べさせるわけでもなく、自分で食べるからいいのだけれど、そんな汁をお味噌汁やお吸い物に入れる時はなんとなく「こっそり」という気持ちになる。
そして胸の内で上にあげた向田邦子を引き合いにだしたり、あの聖句かるたを呟いたりして自分に言い訳しているのだ。
「これは地の塩です!塩はかけがえのないものです」と。