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90億の神の御名

この世界のほんの些細なこと

魔法の箱

泡沫

「雫石ちゃん、このところ何してたの?」
(中略)
「それが、TVにはまってしまって、ずっとTVを見ていたんです」
私は言った。
「ああ、そう言えば、福引きで当たったって言ってたもんねえ。あの時の喜びようは尋常じゃなかったわ」
ママはうなずいた。
「そうなの。ばかみたいにずっとずっとTVばっかり観てた」
よしもとばなな王国〈その2〉痛み、失われたものの影、そして魔法 (新潮文庫)

遅ればせながらあけましておめでとうございます。

正月、新しい年をどんな風に迎えたかと言うと、それは先に引用したよしもとばななの小説の如くバカみたいにずっとTVを見ていたのです。
久々にTVのある正月、しかも地上波からCSまでスポーツとスポーツバラエティのオンパレードだ。見るに決まってるじゃないですか。
大晦日、紅白も見ずに早寝をしてニューイヤー駅伝に備え、終わればラグビーを見て、次の日の箱根駅伝に備え、とんねるずのスポーツ王も見たし、侍ジャパンが出た嵐の番組も見たよ。

夏にTVを買ってケーブルテレビに加入してからというもの、私は完全にあの魔法の箱に支配されている。
野球とラグビーワールドカップまでは想定内だった。その後、夏の高校野球県大会が終わって、うっかり大相撲夏場所を見てしまい、「本日の取組」を場所中ずっと録画する生活が始まったが、「あれ、もしかしてヤバい?」と気づいたのはFIA世界耐久選手権で6時間ぐるぐると走る自動車を延々と見続けてしまった時だ。車に興味なんてまるでなかったのに。免許もないのに。
あれでモータースポーツの扉まで開いてしまった。

辛うじて毎年恒例の豊川稲荷への初詣は済ませたものの、moto GPのシーズン再放送もあるし、大相撲もWRCも始まるしこのままじゃ外出できないんじゃないか、更に引きこもるのではないか、と我ながら先行きが案じられる年始だったが、昨日は一大決心をして羽田空港へ行ってきた。

羽田へ向かう途中、京急の車窓から見える景色は箱根駅伝のコース。ああ、前に歩いたな。蒲田の立体交差は電車からだとこんな感じなのか。今年も復路の鶴見中継所は非情の場所だったな、でも青学が早過ぎて復路はちょっとあきてたな、などと正月に見たTVを思い返した。

羽田に来た理由はカフェでダカールラリーの展示をしているってJsports が言っていたから。TVで紹介されたから行ってみる、なんて行動、今まで小馬鹿にしていたというのに。

相撲にハマるまで、正直デブが半裸でぶつかり合うものが国技だなんてどうなのかと思っていたが、見始めると自分が今までこの国技のことを何も知らなかったことに驚いた。
モータースポーツを見始めるまで、日本のメーカーがこんなに世界で頑張っていて、評価をされていることも知らなかった。
ダカールラリーはもうパリ・ダカール間で開催されているのではない、ということも、日野レンジャーがものすごくカッコいいということも。

それから、今思いつきでチケットを買えば国内ならどこにだって行くことができるんだ、ということも。
3連休の昼過ぎ、閑散とした出発カウンターの前を歩きながら、なんだか新しい世界を見たような気がしていた。
あのテレビという魔法の箱は世界中のいろんな競技を見せてくれる。そして「こんな事をしているよ」と私を誘い出す。誘い出されて、行こうとさえ思えばどこにでも行ける。
そう思うとあの魔法の箱もなかなか悪くないな。
来週は大相撲初場所を見に、人生初の国技館へ行ってくる。
TVという魔法の箱に誘い出されて。