孕み猫
久々にとてもおいしいクリームパンを食べた。
夕方のパン屋さんで最後の一つだったクリームパンは、封筒のような紙袋に入れられており、取り出すとクリームの重さで生地がはちきれそうに垂れ下がる。
それはまるで妊娠した猫のお腹のようで、美味しいクリームパンを食べながらも何か痛々しい気持ちになった。
野良猫のお母さんが身ごもっている姿を見ると、どうしても切なく心苦しく痛々しい気持ちになってしまう。
垂れ下がったお腹を抱えて、子供を守るためか、どこか険しい目つきをして、そして野良猫なので餌があまりないのか頬がげっそりと痩せていたりする。
何かしてあげなければいけない衝動に駆られ、でも何をすればいいか何ができるのかわからず途方に暮れて見送る私を訝しむように一瞥をくれて猫のお母さんは大儀そうに立ち去っていく。
そういう時、必ず吉野弘のあの詩を思い出してしまうのだ。
確か中学校の国語の教科書にも載っていたあの詩。「I was born」
ところが 卵だけは腹の中にぎっしり充満していて ほっそりした胸の方にまで及んでいる。それはまるで 目まぐるしく繰り返される生き死にの悲しみが 咽喉もとまで こみあげているように見えるのだ。淋しい 光りの粒々だったね。私が友人の方を振り向いて<卵>というと 彼も肯いて答えた。<せつなげだね>。そんなことがあってから間もなくのことだったんだよ。お母さんがお前を生み落としてすぐに死なれたのは----。
Epi-ciel飯田橋店(フジパン系列ベーカリー) 自家製クリームパン 180円
パン:さっくりしてて、皮が薄い
クリーム:卵っぽいけどくせのないクリームがずっしり入ってる
☆☆☆☆☆
「孕み猫」という言葉は春の季語なのだそうだ。
だいぶ暖かくなってきた春先の夕方、きっと今日もどこかをうろついているのであろう猫のお母さんの事を考えて、切ない気持ちになった。
- 作者: 吉野弘
- 出版社/メーカー: 角川春樹事務所
- 発売日: 1999/04
- メディア: 文庫
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