90億の神の御名

この世界のほんの些細なこと

エリートの血

若かりし日、血の気の盛んな頃は「献血行ってジュース飲もうよ!」みたいなノリで、献血に出かけ、血とひきかえに涼しい部屋でマンガを読んだりジュース飲んだりちやほやされていい気になっていたものだったが、一人暮らしを始めたあたりから不摂生がたたってか、「あなたの血液は使えない」とハネられてしまうようになった。
けれど、三十路になって私も生活態度を改め、正直言ってかなり健康的な生活をしているはずだ。食べ物は野菜中心だし、運動だって少しはしている。お酒は飲むけれど飲みすぎないし、比較的規則正しい生活だ。今なら献血できる。その自信はある。

・・・と、自信を持って挑んだ会社の献血。やはりダメであった。
「そんなはずはない」と呆然とする私に看護士さんは優しく言った。
「ちょっと体調が悪いのかもしれませんね。やっぱり、献血って病気の人にあげたりするものだから、すごく審査が厳しいんですよ」
そりゃそうよね。そういう厳しい審査を勝ち抜いたエリートの血だけが、他人様の体に提供できるわけですよね。そうですか、ダメですか、私の血・・・。

「来てくれてありがとう、お菓子だけでも持って行ってね☆」と看護士さんはまるでアイドルコンサートのように言ってくれたが、使えない血の私がお菓子だけもらうなんて図々しい真似できる訳ないじゃないですか・・・。すごすごと自席に戻った私を尻目に、エリートの血の流れる同僚たちは「いい血管ですねって言われた!」などとウキウキしながら、おやつや、献血キャラクターグッズをたくさん持って帰ってきた。

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これが献血推進キャラクター、けんけつちゃん
別に、そんなにかわいくない。けんけつちゃんの描かれたボールペンやノートやクリアファイルとか、そんなもの、普段だったら何一つ嬉しくなんかないし欲しくもない。なのに、今は羨ましい。使えない血の私にはもらうことのできないあの品々が。エリートの血の流れる者にだけ与えられる、あのプレミアグッズが!

あれから1年。
同僚の机の上に誇らしげに置かれていた、けんけつちゃん人形の埃取りもずいぶん薄汚れ、いつの間にやら私の机の方にコロっと落ちてきた。
エリートの血により何の苦も無くこれを手にした同僚は「捨てちゃおうか」と言うかもしれないが、私にとっては、かつてあんなにも憧れた人形だ。
仕方あるまい。こっそりと拉致し、自宅でぎゅうぎゅうと洗って耳からぶらさげて干してやった。

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胸中に渦巻く血の劣等感。その鬱憤を晴らすかのようにな。