90億の神の御名

この世界のほんの些細なこと

西海の涯

これは長年にわたる観察結果から私が勝手に思っていることだが、碁盤の目に整えられた街並みに住んでいるせいなのか、西の人は関東の人間よりもずっと方角を口にすることが多いような気がする。
「○○の北」「○○をちょっと西に行けばすぐ」「南側の部屋」などと言われると、体内に方位磁針を常備していない私などは「・・・み、南?」と途方に暮れるばかりである。

私の周りだけかもしれないが、関東では方角でものをいう事が少ないように思われる。渋谷の北に何があるのか、銀座の西はどこなのか、そんな風に方角で街を認識したことがなく、いつも電車の路線図を基本にして地理関係を把握していた。
恥ずかしながらいまだに地図を見ても上が北で下が南はともかく、右は東か西か咄嗟の判断ができない。
そんなわけで、方角に関してはどんぶり勘定もいいとこだ。JRと同じように東日本、西日本、北海道は北、九州は南、以上。という具合だ。

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今週のお題「海」

さて、昨日から高校野球が開幕した。お昼休みにワンセグで1時間だけ第一試合の有田工業×大垣日大戦を観戦したのだが、丁度有田工業が0-3のビハインドから追い上げて逆転する所から試合終了まで見ることができて、アルプススタンドの熱気、プロ野球と違って優しい解説者、今年も健在のネット裏のラガーさんの姿に、ああ、夏がまた始まったとしみじみ思った。
それで、この夏一番最初にこの甲子園で流れる校歌だな、と感慨に耽りながら有田工業の校歌を聞いていたら、歌詞の「地は西海の涯(はて)なれど」という言葉に、あっ、と心をつかまれた。

西海の涯。
それはまるでこの世の果てのような甘美さと、シルクロードの果てのような不思議な懐かしさに満ちた言葉ではないか。一体どういう地なのであろうか、とネットで調べて見ると、すぐお隣の長崎県が日本列島の西端にあたるらしく「西海市」という地名があった。佐賀県も日本列島の西端の海に面しているから「西海の涯」なんだろうか・・・と、思いきや、その他にも「源氏に敗れた平氏が西海の果て、鹿児島に追われ」だの、「崇徳上皇が西海の果て、讃岐の松山に追われ」だの「西海の果て、五島列島」だのと、あちこちが西海の果てとして語られている。

なんだ、なんだ、どこでもここでも西の方なら西海の果てか。それなら私の方角どんぶり勘定とそんなに変わらないじゃないか・・・と言いたくなったが、考えてみれば、日本がどんな形かもわからなかった昔の人にとって、西海の涯とは、「よくわからないけど、どこか西の方にあるこの世の果て」だったんだろう。そして、人々の想像上で語られるそこは、追われた者の辿り着く場所で、うら寂しく荒れ果てているはずで、でも同時に少しだけ、新しく人生をやり直せる新天地のようにも思えたりしたんじゃないか。
恐ろしさや残酷さに怯えながら、それでいて遠くのユートピアを夢見るような甘美な憧れも抱きながらその言葉を口にしたんじゃないか。

そんな風に西海の涯に思いを馳せた。あの校歌をもう一度聴けるといい。