90億の神の御名

この世界のほんの些細なこと

うそつき

うちの家族はみんな嘘つき。
落語好きな祖母は昔、母に落語で聞いた嘘をついた。
「みっちゃんね、お酒に漬けたお米を撒いて、近くに南京豆の殻を置いておいてごらん。お米を食べた雀がみんなして酔っ払って、南京豆の殻を枕にして眠ってしまうからね」
南京豆の殻を枕に眠る雀が見たかった幼い母は、言われた通りにお米を撒いて南京豆の殻を並べて日がな待機していたが、ついぞ雀はそこで眠ってくれなかったと言う。「あたし待ってたのに。あの人すぐそういう嘘つくのよ」と母はぼやいた。

父は車を運転しながら言った。「大昔はいとこ、ろとこ、はとこ、って親族はいろは順に呼び名が決まっていたんだ。ただ、近親婚が廃れてから「ろとこ」はなくなったんだけどね」
え!!と驚愕する私に母は言った。「この人の眉毛をよく見て!眉毛がぴくぴく動く時は嘘ついてる時なのよ!」なんだ、嘘か。

まだ小さかった弟が嬉々としてカブトムシを捕まえて来た時、虫が苦手な母と私は結託し、私も嘘をついた。
「あのね、カブトムシにあんまりたくさん触るとね、背中がカブトムシみたいに硬くなる「カブトムシ病」っていう病気にかかってしまうの。だからカブトムシは捨てておいで」
弟は絶句して、すぐさまカブトムシを捨てに走った。
また、ある時はしたり顔で教えてやった。「大仏様の頭のぶつぶつ、あれは大豆なの。雨が降るともやしが生えてきて、みんなが飢えないようにしてくれるの」
その後、学校で大仏様の出てくる絵本を借りてきた弟は嬉しそうに叫んだ。「まめちゃん見て!大仏様の頭、本当に大豆がついてる!」そうだろう、そうだろう。

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大人になった弟たちは「まめちゃん、あの時、俺達に嘘ついたよな」とぼやく。そして仕返しに言う。
「馬だって、ちゃんと陸運局に登録すれば公道を走れるんだぜ。その時は尻尾の所にナンバーをつけるんだ。記号は「う」な!」
危うく信じる所だったわ!

おかげさまで、あんまり酷い嘘をつかれずに生きてこれたのだと思う。だからドラマのように「嘘つき!」「裏切ったのね!」と叫んだことはない。むしろそんなに嘘が嫌いではない。上手で面白い、心温まるような嘘ならいくらでもついてほしいと思う。

少し前までは夜になるとジージーと何かの虫が鳴いていた。あの声がずっと不思議で、中学生の頃に「あれは何が鳴いているの」と母に尋ねた所、母は言った。
「あれはミミズよ。ミミズが寂しい寂しいって鳴く声よ」
それで学校で「あれはミミズだって」と言ったら「ミミズが鳴くわけないじゃん」と笑われた。
「おばあちゃんのこと、嘘つきって言うけれど、お母さんも嘘つきじゃん。あれはミミズじゃないんだって」とぼやいたら母は呑気そうに「そうお?でもあれはミミズよ。絶対。だってそう聞いたもの」と答えた。

あれはミミズじゃない。ミミズは鳴かない。
そうわかった今でも、年をとればとるほど、ジージーという鳴き声を聞くと「ああ、ミミズが寂しいって鳴いている」と思うようになった。
それが嘘でも、構わないのだ。きっと母も。