90億の神の御名

この世界のほんの些細なこと

Without you

日曜日、近所のおしゃれげホームセンターに土と種を買いに行った。雪かき用のスコップ争奪戦をすり抜けて売り場を見て歩いていたら、キッチンコーナーで不可思議な物を見つけた。
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重い。広がる。でも何に使うの?「エクスパンダトリベット」と書いてあるけど、それが何を指すのか全くわからない。
家に帰って調べたら鍋敷きだった。なーんだ、鍋敷きね。それはいいけど、楽天市場の商品説明には不思議な文言が書いてある。

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ちゃんこサイズま(で)広がる
誤植で「で」が抜けてることなんてどうでもいい。「ちゃんこサイズ」って何、どういうこと?土鍋じゃダメか、大鍋でもダメか。そこは「ちゃんこ鍋」でなくてはならないのか。ちゃんこ鍋のサイズには標準規格があるのか。それともこれは何か新しい単位の一つなのか。「東京ドーム7個分」のように、巨大なものを示す時の符号なのか。

いつか、友人タキコの家で鍋パーティをした。おいしいね、おいしいねと食べながらふと「ねえ、今度ちゃんこ行こうよ。若の店行こうよ」という話になった。
すると、体育教師の資格を持つタキコは突然居住まいを正し、厳かに言った。
「アンタら、ちゃんこちゃんこって言うけどね、ちゃんこっていうのは相撲取りの食事のことよ?あの人らが食べるもの全部ちゃんこなんよ?」
ああ、知ってる知ってるー。カレーでもちゃんこって言うんでしょ?
へらへら笑う私たちにイラっとしたのか、タキコは勢い込んで話を続ける。「だからね、相撲取りと囲む食事がちゃんこなんよ。そこに相撲取りがおらんかったら、それはただのご飯。」

え!!!

待って。・・・という事は。という事はですよ?
ちゃんことは、相撲取りがその場にいる食事という事象?食事の名称ではない?
驚きに打ち震えながら尋ねると、タキコは重々しく頷いた。「まあ、そういうことになるんかねえ」
そ、そ、そうだったのか、ちゃんことは事象のことだったのか・・・。胸の内に広大な宇宙が広がっていくような衝撃を受けた。

その後、たまたま懸賞で舞の海秀平プロデュースの塩ちゃんこが当たったので、タキコと食べた。二人して舞の海の偉業を讃えつつ、「ここに相撲取りがいないから、これはちゃんこではない」と再確認して。

そんな定義を鑑みるに、人はその人生のうちで、真のちゃんこを口にできるチャンスなど、そうそう得られないのではないか。不安になって尋ねると、タキコは事も無げに言った。「大丈夫よ、店に一人相撲取りがいればいいんだから。何も相撲取りと知り合いじゃなくても、相撲取りのいる店でご飯食べたらちゃんこよ」

・・・そうなの・・・。
ということは、素敵なバーに入ったのに、うっかりそこで相撲取りが酒を飲んでいたがゆえに、カルパッチョもブルーチーズもワインも全てがちゃんこになり得ることもあるのね。無意識のうちに、ちゃんこを食べていたかもしれないし、一生食べられないのかもしれない。

相撲取りとはなんと恐ろしい存在なんだろうか。その空間の食べ物のあり方を自在に変える能力を持つ魔術師。
ちゃんこ、それは相撲取りと同じ空間でのみ味わうことのできる何よりも貴重な一瞬のエクスペリエンス。
NO相撲取り、NOちゃんこ。相撲取りなくしてちゃんこなし。

で、あの鍋敷きの上に置く「ちゃんこ鍋」は相撲取りがいなくとも「ちゃんこ鍋」でいいのか、「ちゃんこサイズ」とはよもや相撲取りの存在の有無によってサイズが変動したりしないのか、途方に暮れてしまうのです。
あなたがここにいないから。