90億の神の御名

この世界のほんの些細なこと

あたたかい夜に

むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。
ある、とても寒い雪の夜に、一人の旅人がやってきました。
「すみません。私は旅をしているものです。この吹雪では一夜を外で過ごすことが出来ません。」
おばあさんは快くその旅人を家に泊めることにしました。
「どうぞこちらへお入り下さい。さぞ、寒かったことでしょう。」
旅人は「なんて優しい人だろう」と心から安心して眠りにつきました。
夜中、旅人がふと目を覚ますと、何やら包丁を研ぐ音が聞こえてきます。
そしてあの優しそうなおじいさんとおばあさんが声をひそめてこんなことを言っていたのです。
「皆殺しにするには時間がかかりますよ、おじいさん」
「そうだな、半殺しにしておくか・・・」

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旅人は布団の中でガタガタと震えて、もう逃げられないと覚悟を決め、襖をあけておじいさんとおばあさんの前に土下座して頼みました。
「なんでもしますからどうか殺さないで下さい」
すると、おじいさんとおばあさんは驚いた顔で旅人を見つめます。
「いやあ、せっかくのお客様だからおはぎを作ろうと思って、米のつぶし具合は皆殺しがいいか半殺しがいいか相談していたんだよ」
それで安心した旅人とおじいさんとおばあさんは三人で大笑いしました。


・・・おはぎ作るのに包丁研ぐ必要ないだろ。
ばあさん、演出過多だよ、あんた、絶対旅人が来る度にそうやって脅して楽しんでたんでしょ、種明かしする時のじいさんだって、もう長年の年季の入った演技なんでしょ、旅人たちの間では「お前あそこんち泊まった?」「もう、マジビビったわー」って話題になってる家なんでしょ。

なんてことを考えながら、結構真剣にシャコシャコと包丁を研ぐ。
そして私も、いつか旅人がうちに来たら(来ないけど)脅してやろう、と演技力を磨くべく悪い顔でヒヒヒと呟く。
皆殺しにしてやろうか、半殺しにしてやろうか。それとも蝋人形にしてやろうか!!お前も蝋人形にしてやろうか!!

急にあたたかくなると頭のネジがはずれる仕様です。
もうすぐ春ですね。