夜河をわたる
この冬、最初のオリオン座はホノルルのホテルのベランダから見た。
地上ではオレンジ色の街灯の中、定期的に不思議な音のバスがやってきたり、大声で叫びながら酔っ払ったアメリカ人たちが歩いて行ったり、向いのホテルの部屋で黙々とスーツケースの中を整理する男の人が見えたり、そんなのを眺めながら風に吹かれてビールを飲んだ。空を見上げたらオリオン座とすばるが見えるので「こんなに温かいのに冬なのか」と、「国が違っても同じ星が見えるのか」となんとなく感慨深かった。
2014年最後のオリオン座はベトナムから帰る飛行機の中から見た。
2014年最後の昼間の月と夕焼け。飛行機からだと月が近いんだな、星も近いんだな、と頭から毛布を被って窓にはりついて星を数えた。
本当は、29日にメコン川の上で見たオリオン座が今年最後の星空になるかと思っていた。
夕暮れのメコン川と蛍が見れるというのが魅力的で申し込んだナイトクルーズ。
ホーチミンからメコン川に向かうバスの窓からは、まるで東北地方みたいな水田が見える。
「メコンデルタは肥沃な土壌、稲作が盛ん」いつか学校で習ったそんな知識が頭の中をぐるぐる回った。
手始めに南国フルーツ&ベトナム民謡でもてなしてもらってから、こんな手漕ぎ船にのってココナッツキャラメル工場見学へ。
気分は世界ふしぎ発見。
ココナッツキャラメル工場ではドリアンキャラメルだの蛇入りの酒だのの購入をお薦めされるものの、さらっとかわして今度はエンジン付の船で夕暮れの川を渡ってレストランに向かう。
定番ご飯エレファントフィッシュを食べたらいよいよナイトクルーズ。川のほとりの木の茂みで蛍がチカチカと光っているのだけれど、まるでクリスマスツリーの電飾みたいで、失礼ながら最初は「ああ、蛍がいないと日本人ががっかりするから電飾つけてるのね」なんて疑っていた。ガイドさんが蛍をつかまえてくれるまでは。
それから大きな川をざばざばと渡って対岸へ向かう。
闇はどんどん濃くなって、その分、一つ二つと星の数が増えていく。
オリオン座、すばる、シリウス、流れ星。
まさか、ベトナムでこうして夜、川を渡りながら星を見るとは思わなかった。それも流れ星を見つけられるとは。
ベトナム人はお話好きなのか、そして携帯の電波はそんなにも強いのか、ガイドのブンさんはガイド中に何度も何度もあちこちで携帯電話で話をしていた。この夜の船の上でも舳先に寝そべって。
そんな電話のひそやかなおしゃべり声とゆるやかな空気と夜の風と水音と星空とに囲まれて、ああ、なんて幸せなのかしら、と胸が詰まりそうになった。
そして「今年最後に見る星空がメコン川の上なんて、なんて素敵なんだろう」と胸をトキめかせたけれど、最後の星空は飛行機の上だったのでした。
もちろん、それもとても素敵だった。
大晦日の日本の夜の上を飛んでいると、下で暮らすいろんな人の幸せを祈りたくなるような気持だった。
この冬はオリオン座を見上げるたびに、あのメコン川の夜を思い出して幸せな気持ちになれる。
今日は久々に双眼鏡を持って近所の公園に星を見に行こう。南の空にラブジョイ彗星が見えるはずだから。