90億の神の御名

この世界のほんの些細なこと

おなかいっぱい

私が学生だった頃、母が地元の歌人のおじいさん(通称:ノボル)から短歌を習っていた。

短歌の会合の後でノボルとどこかでお茶をしたり、ご飯を食べたりして帰ってくると母は必ず憂鬱そうに溜息をついて言ったものだ。
「ノボルも他のおじいさん達も絶対に自分で食べきれない量を注文して必ず残すのよ。あれ、何なのかしら」
ええ?それはちょっとイヤだねえ、と相槌を打っていたが、ある日、母が発見のように言った。
「あの人達、多分戦時中にお腹いっぱい食べられなかった記憶がすごく強いんでしょうね。だから目の前にたくさん並べたいのね。食べきれなくても目を満足させたいのよ」
それを聞いてなんだかとてもやりきれない気持ちになった。若い頃に食べ物がなかったという恐怖が原因で、今食べ物を無駄にしてしまう、それを責めることもできない。

去年の夏、ふとしたきっかけでこうの史代の「この世界の片隅に」という漫画を読んだ。戦時中の広島の生活を描いた作品だけれど、「戦争がひどい」ということや原爆について大仰に訴える作品ではなくて、戦時中の普通の人の暮らしを淡々と描いたもので、とても良かった。一度TVドラマにもなったらしいし、今度映画が公開されることにもなっているそうだ。

夏中、何度もその作品を読み返してしみじみと「戦争があろうが何があろうが人はそこで出来る限り普通に生きようとするんだな」と思う一方で「ああ、自分は今までの人生で一度も飢えたことがないんだな、それはなんて贅沢なことなんだろう」と愕然とした。
そして戦争というのは、ごくごく普通の人が、食べ物がなくてお腹をすかせたまま戦争に行って、悲惨な状況の中で戦って死んだのかと思ったら、ものすごく悲しい気持ちになった。せめてお腹いっぱいだったなら、と。

週末の昼時にご飯を作っているとたまに考える。
関東大震災の時はお昼ごはんの準備中に地震が来たせいで火事が多かったって学校で習ったけれど、確かに今地震が来たら嫌だな。みんなお腹をすかせて逃げたんだろうか。せめてご飯を食べ終わってからにしてほしいな」

中越地震で東京も揺れた時は劇場で働いていた。ちょうど開演して落ち着いた頃でお弁当を食べていた時だ。ぐるぐると回る天井のシャンデリアを見つめながら床にしゃがみこんで、それでも私はおにぎりを手放さずにもぐもぐと食べ続けた。怖かったけれど、お行儀も悪いけれど、今食べておかなければ、と思った。

もう5年前になる東日本大震災の前日、ちょうど社食でお昼ご飯を食べている時に大き目の地震があった。あれは前震だったんだろう。あの時もぐるぐる廻る電灯と積まれたおかずの塔を一生懸命おさえている食堂のおばちゃんたちを見つめながら「ご飯、食べておかなきゃ」と思った。
翌日の震災で大きな揺れが一旦収まった後、机の引き出しにリッツが一箱入っている、と心に強く確認しながら倒れたパソコンとこぼれたお茶とびしょびしょになった書類を片付けた。

先日、お昼時に地震が来た時も思った。
地震が来るならどうかお弁当を食べ終わってからにして、と。

これは山岳救助を題材とした「岳」という漫画から。
主人公が生まれて初めて救助をしようとして、でも助けることができなかった人の遺体を背負って丸2日歩き続けた時のモノローグだ。「自分はあの時お腹いっぱい食べていたから遭難者を背負って歩ける」と自分に言い聞かせて歩き続ける。

山でなくても、普通に生活していても、ある日突然災害や事件に巻き込まれてしまうことがきっとあるだろう。
その時、せめてお腹いっぱいでありますように。
お腹いっぱいなら、不甲斐ない私でも少しは頑張れるような気がするから。

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幸福にも飢えを知らない私にはスカーレット・オハラのように
「神よ。私は誓う。決して負けるものか。必ず生き抜いてみせる。二度と飢えはしない。家族を守り抜く。盗みを働き、人を殺そうとも神にかけて誓う。二度と飢えはしない」
と誓うほどの強さはないけれど。

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