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90億の神の御名

この世界のほんの些細なこと

生きられた時間

旅・散歩

この前「明日から甲子園開幕!」と書いたのに、今日でもう終わり。作新学院おめでとう。
オリンピックも終わるし、夏が駆け足で過ぎていく。

若かりし日はサービス業に就いていたので、人と同じ頃に休みが取れず、旅行に行くのは大体夏が終わりかけてからだった。
青春18きっぷで朝から終電まで延々乗り続けたり、下道を車でひた走ったり。

途中駅の黒磯でブリヂストン工場が燃えて黒煙が上がっていた、あれはもう13年も前か。
仙台の友人の家に行くのに、どうせヒマだし、余ってるし、お金ないし、と青春18切符で鈍行列車を乗り継いだ。朝早く出ても到着は夕方で友達のおばさんに「大変だったね」と笑われたっけ。
それから海に連れて行ってもらった。夏も終わりかけて波が少し荒くて、閑散とした地味な海水浴場。防砂林がちょっとしたトンネルみたいになって、その向こうに海が見える所を写真に撮った。あの時の写真、結構気に入っていたのに、いつの間にか消してしまったみたい。

そういえばぼくたちでさえ、旅でふしぎに印象に残る時間は、都市の広場に面したカフェテラスで何もしないで行き交う人たちを眺めてすごした朝だとか、海岸線を陽が暮れるまでただ歩き続けた一日とか、要するに何かに有効に「使われた」時間ではなく、ただ「生きられた」時間です。
見田宗介社会学入門」より

社会学入門―人間と社会の未来 (岩波新書)

社会学入門―人間と社会の未来 (岩波新書)

あの海、あの夕方、きっと「ただ生きられた時間」だったんだろう。不思議に印象に残っているもの。

このお盆、大相撲仙台場所に合わせて、久々に仙台に行った。7年ぶりくらいか。
そしてあの海に連れていってもらった。
防砂林がなくなって、観音様が立っていて、丁度お盆だからお花を備えに来ている人が結構いた。

「まめちゃんをここに連れてこようって思ってたんだよ。あの時、一緒に来たじゃない。津波で何もなくなっちゃったんだけどさ」
本当に何もなくなっていた。

駐車場の近くにかつての姿を展示している場所があった。
そうそうこれ!この入り口覚えてる!すごくよく覚えてるのに!
…覚えてるのに、もうないんだな。

あの時よりも高くなった、まだ新しい防波堤に座って、あの時と同じように砂浜に長く伸びる自分たちの影を見ながらお喋りする。
「この先の道がカーブになっていて、帰りはそっちを通ったよね」

でもカーブの先に道はなくなっていた。壊れてしまっていた。
この5年半、被災地の写真は折に触れて見てきたけれど、いざ本当に目の当たりにすると、折れた標識に、ちぎれた鉄のロープに、まばらにしか残っていない防砂林の松に、絶句するしかない。もう5年半経って随分綺麗になっているのにそれでも。
たった一度この海を訪れただけの私でさえ、こんな喪失感に打ちのめされるのに、住んでいた人の喪失感は如何ばかりかと思う。
ただ生きられた時間がいくつもそこにあったろう。

これは被害のひどかった閖上地区の朝市。市場で買った貝や魚をその場で焼いて食べられるので大賑わい。
すごい浜焼き臭。人間って逞しいな、昔からずっとこうやって生きてきたんだな、となんかしみじみする。

浜焼き用に醤油たれ各種を取り揃えたお店まであるんだもの。気の利いてる事この上ない。
近くにはマヨネーズ&七味も置いてあった。鉄板ですよね。

仙台市水族館に展示されてた牡蠣の採苗器。日本では帆立貝を使うのが主流だけれど、フランスではプラスチック製が主流で、何度も洗って使えるのが利点。あの津波で全部流されてしまった三陸にフランスがプレゼントしてくれたんだそうな。漁師の心意気だな。いろんな支援があるんだな。

こんな貝殻だとかエピソードだとか、無造作に山積みにされたスイカなんかの光景がまた、「生きられた時間」として、ずっと何年も心の中に不思議にくっきり残っていく。津波の爪痕の衝撃と一緒に。


さて、本日よりスペインに行って参ります
ただ生きられた時間を積み重ねられたらいい。

君が通り過ぎたあとに

映画・ドラマ・舞台 野球・スポーツ

7月後半、ずっと夏風邪が治らず、ひきこもってぼんやりしていた。
そんなわけでワタクシともあろうものが、この夏の高校野球神奈川県大会はTV観戦だった。球場に一度も行かない夏なんて何年ぶりだろう。ここ数年毎年撮ってる円陣も今年は撮れず。無念。

雨天順延で7月31日になった決勝戦には間に合うように治したかったのだけれど願いむなしく鼻水止まらず。
それでも8月頭には絶対に元気にならなければ!完治じゃなくてもいいから!と強く強く願っていた。
なぜなら、神保町シアターがこんな映画祭をやってくれるらしいので。


毎日Twitterでこのキスシーンを見るたびに「夏が来る!本当の夏が来る!タッチだなんて夏すぎる!」と身悶え、情熱のままにタッチ完全版のCDを購入。
決定盤!! 「タッチ」完全版 ベスト

決定盤!! 「タッチ」完全版 ベスト

そして、まだ鼻水の抜け切らないにしろ夜出歩くだけの気力は戻った8月頭、私は会社帰りに三日三晩、神保町シアターに通いつめたぜ。上映15分前に買ったチケットの整理券番号が2番なんていう素敵にガラガラな映画祭。

1作目の「背番号のないエース」で作中に出てきた新聞の日付が1986年で、「もう30年前かあ」としみじみ。挿入歌がチェッカーズの「悲劇のポップスター」だし。30年前のアニメってこんなだっけ、という感じでテンポが悪かったり作画がアレだったり、同じセルがやたらと使いまわされてたり設定のガバガバさが目立ったり。でも曲はこれが一番いい。
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2作目「さよならの贈り物」
個人的にはこれが一番おもしろかった。達也と南が和也をなくした失意のままになんとなくフラフラしてるのに、新田くんだけ一人、車田正美漫画のようにアツ苦しく「こんな高校生いねえよ」といった佇まいで素晴らしくてニヤニヤした。
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そして前作「背番号のないエース」と同じ1986年の冬に公開されたはずなのに、前作に比べて格段に作画レベルと構成レベルが上がっていたことにもびっくり。前作が評判よくてお金かけたのかしら。

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ついに3日目。「君が通り過ぎたあとに」
2作目の方が面白かったなあ…ていうか、柏葉監督はこんな見た目でまだ20代だったのか…と思いながら見ていたら、クライマックスの達也対新田の打席の孝太郎の姿に「ああ、高校野球」と涙ぐむ。

そして涙ぐんだ勢いのまま、21時閉店の書泉グランデに駆け込んでタッチ全巻を大人買いしたのでした…。やっぱり原作が最高だわ。あだち充って天才だわ。

君が通り過ぎたあとに残ったのは、大人買いした漫画の山とCD、読み終わったら夏の課題図書「H2」も再読しなければという使命感。明日開幕する甲子園への期待感。
本当の夏!

今週のお題「映画の夏」

薔薇の運命

泡沫

あっという間に7月か。
常日頃はヒマをもてあましている仕事がバタバタと忙しく6月はあっという間にすぎ去った。
7月に入ってもまだ6月の後始末をし、落ち着けば魂が半分ぽわーんと抜けかけた状態のまま
「あ、今日は小中学生の頃、大好きだったフジイくんのお誕生日」「あら今日は高校時代好きだった先輩のお誕生日」「あら、独立記念日はひどい夕立ね」と思いながら日がすぎた。
なんだかんだ7月はイベントが多いのだ。
今日七夕は弟の誕生日だし。尚、乾しいたけの日でもあるらしい。
乾しいたけの日 - 日本産・原木乾しいたけをすすめる会
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こちら乾しいたけ貴婦人。おそらく乾しいたけの運命に生きている。

今日の乾しいたけの日がすぎればすぐに自分の誕生日が来て、そして巴里祭の日が来る。
あのフランス革命の日を巴里祭と呼ぶと知ったのは一体何のせいだったかしら。少なくとも「ベルサイユのばら」ではなかったはずだ。寺山修司の歌だったのではないかとここ数日歌集をあさったけれど見当たらず、啄木でもなく、太宰でもなく。
短歌にのめりこんでいた母と二人で寺山修司にハマった夏に「巴里祭」という言葉を交わした記憶があるのだけれど。

今の会社に勤める前、ずっと働いていた劇団は、もともとフランス演劇の上演がしたくて創立された所だったので、創立記念日が7月14日だった。入ったばかりの頃は「なるほど、巴里祭の日か・・・」と文学的にしみじみ感動したものだが、毎年その日に総会だなんだとバタバタと過ごすうち、少しずつ何か不穏な嫌な日になっていった。

今の会社に入った初日、教育してくれた主任(現係長)がニコニコと
「うちの会社、7月が創立記念日だから6月が営業年度締めで一番忙しいんだ。確か創立記念日は7月14日。珍しいでしょ、そんな会社」
と告げるので頭の中に♪ジャジャジャジャジャジャジャジャチャーラッチャララー♪とベルサイユのばらのテーマが鳴り始め、「嗚呼、薔薇の運命!」と劇的に衝撃を受けた。
無論笑顔で「そうですねー」とか言っておいたけど。


薔薇は美しく散る

あまりの奇遇さに、毎年この季節が来ると「そうか、私は薔薇のさだめに生まれたのか、華やかに激しく生きろと生まれたのか…」と笑ってしまう。
そんな7月、隣のチームの主任がいきなり立ち上がり「お取引先様からもらった扇子いる人!早い者勝ちです!」というので女子たちで扇子を貰い受けた。昨今は猛暑のせいもあるのか、夏のご挨拶に企業が配って回るノベルティもお扇子などが増えてるらしい。3社分ほどあったけれど全部お扇子だった。それも企業名は隅にこっそり入っているだけで、夏らしいデザイン、よくよくみればプラスチックの芯だけれど、パッと見ではすぐに気づかない程よくできていて、白檀の匂いもつけてある。

ピンクの花火柄や黒字に夜の花火柄は競争率が高かったので私のはシンプルな金魚柄。
それで女子達みんなで白檀の香りにうっとりしながら扇子で仰いで会話をしていたらふと気がついた。
「やだ!!なんだかここ今、ベルサイユみたいじゃないの!!」
お扇子片手にこんな優雅におしゃべりしちゃって、我々、なんだかおフランスの貴婦人みたいじゃないの!
やっぱり薔薇の運命に生まれたんだわー、いやだー困るー、とにやにやムフムフしているのです、ベルサイユみたいな職場で。ホホホ。

千夜一夜物語

ごはん 泡沫

あれはリーマンショックの頃。
人生初の転職活動に勤しむも、ことごとくお断りされて泣いたり落ち込んだり生活の不安に怯えながら、その不安を振り払うかのように私は保存食作りに夢中でありました。
こんな本も買い込んで。

4月に会社を辞めて、6月までは有給がある。その頃はまだ「なんとかなるだろう」と鼻歌まじりで梅酒を仕込み、実山椒を炊き、ぬか床をかき回していた。
初めてのSPIテスト、そして圧迫面接に「30代に植木算とかやらせないでよ」「ダメ人間か、私は」と項垂れながら開き続けたカタクチイワシ。アンチョビを作る過程で出た汁がナンプラーなんだって。2度おいしい。

キャリアアップのために転職を繰り返しているというITマンにご飯をご馳走してもらうも、「まめちゃんさあ、それじゃダメだから!大学中退でも卒業って書かなきゃダメ!バレないし。過去の仕事とかも遠慮がちに書いちゃダメ!“プロジェクトリーダーでした”とか膨らませて言っとかないと!」とアツく経歴詐称を薦められ、居酒屋の片隅で「…大人って汚い…」と涙目になったのもこの頃のこと。
帰宅後、夜中の台所でしょんぼりと梅酒の瓶を回して浸かり具合を眺めたものでした。

とりあえず食いつながなければと派遣会社2社に登録したのが7月。少しでも仕事の紹介量があがるようにEラーニングでExcel研修なんて受けながら福神漬を仕込んだ。仕事が決まらないのと同じくらい、なた豆をどうやって入手するかに悩んだけれど結局手に入らなかったな。

憧れは梅干しと自家製味噌だった。でもそこまで大きなことが自分にできるとは思えなかった。
面接でだって、ライフプランだのキャリアプランだの、大げさに語ることはどうにもこうにも上手くできなかった。

アラブの格言 (新潮新書)

アラブの格言 (新潮新書)

仕込んだら、あとは時間が美味しくしてくれるのを待つばかりの保存食の容器それぞれに、私は夜な夜なアラブのことわざを貼り付けた。
辞めた会社にいた同僚が、夜毎日毎にA4四つ切りサイズの紙でアラブのことわざ入りカレンダーを自作しており、お裾分けしてもらったのだ。たまにドラえもんからの格言もあった。

保存食の容器に貼り付けたアラブのことわざは「悩むならラクダ 惚れるなら月」だとか「性急は悪魔から 余裕は神から」とかそんなの。
よく意味がわからないものもあったけれど、そこがまた良かった。

✳︎

それから月日は流れ、運良く今の会社に入ることができて、あの時の実山椒をお弁当に入れていった。
薄曇りの社員食堂、東京ドームを見下ろして、先輩に「それなあに?」なんて可愛らしく尋ねられつつ実山椒を噛みしめて「仕事があるって素晴らしいな」と思ったものだ。
仕事が決まったら保存食熱は徐々に冷め、実山椒の季節でさえ忘れかけていたら、つい先日okkoさん(id:okko326)のブログで目の覚めるような色の実山椒に出会った。

ああ、懐かしいな、でも今年はもう無理かなと諦めかけていたら、職場の人が「週末に道の駅で実山椒が売ってて買ってきた」と、タイムリーな話をしてくるので、もうどうしても実山椒を炊きたくなってしまう。

それで慌てて大きな八百屋に行って、お店のおばちゃんに「まだあって良かったわねえ、来週だったらもうないわよ」なんて笑われる中、3パック買ってきて昼は下処理、夜は火にかける。
仕事がなかったあの頃のこと、アラブのことわざカレンダーを作っていた同僚の女の子のこと、曇り空、前の家の台所、カタクチイワシのパックを抱えて歩いた下り坂、仕事がある今のこと、今年もアラブのことわざ貼ろうかどうか、長い長い物語のようにあれこれと考えてしまいながら。

多分もう、ことわざは貼らない。

踊らされる阿呆

泡沫

あれは堺正章岡田美里と離婚することになった時のことだ。社食でお昼ごはんを食べながら先輩が「岡田美里ちょっとおかしくない?」と憤っていた。そしてモノマネをしてくれた。
「お中元やお歳暮が山のように届くんです!毎日柿が届く苦痛がわかりますか!
同僚たちと「干せ!」「ご近所に配ればいいのに」と笑い転げた。

10年ほど前、親が購入した古い公団の団地に住んでいた。一人暮らしにはなんて贅沢、と思われたが、すぐに「一人にはこういう所、向かないかも」と思い始めた。
回覧板やら清掃当番やら階段委員やら自治会やら。極めつけはポストに投げ込まれる広告の量だ。
何十棟もあって、1階段10世帯ある団地なんてポスティングで1枚いくらで稼ぐ人たちにとっては格好の狩猟場だ。まるでラブレターがいっぱい詰まったモテモテ男子の下駄箱のようにポストをあけると広告がバサバサと落ちてくる。
あの時、岡田美里みたいに劇的に言いたかった。「毎日山のような広告が届く苦痛がわかりますか!!」
親は笑って言いました。「捨てればいいじゃない」
・・・。
小さなアパートに引っ越して広告が激減した時は本当にホッとしたものだ。

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さて、この空飛ぶラモス瑠偉みたいなのは、秩父宮ラグビー場でテレビジョンマッチオフィシャルの際に映し出される、イタリアの寝具メーカー「マニフレックス」の広告。へえー初めて聞いたー、でもお高いんでしょう?と、遠い世界のことのように思っていた。

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こちらは嘉風関のTwitterアイコン。マニフレックスの公式アドバイザー。
相撲を見始めた去年の夏から、嘉風はやたらと調子が良かった。解説にも「この年になって急に伸びてきた」なんて言われていた。
そしてTwitterを始めとする各所で「マニフレックスの寝具を使い始めてぐっすり眠れるようになり、疲れがとれて集中できました」とマニフレックスを推してくる。

ああ!マニフレックスって秩父宮で見たあれか!あれはそんなにいいのか!
・・・そして気がついてしまうのだ。15年使ったベッドマットレスのスプリングが体に当たって痛いということに。しかも、お値段調べたら、ニトリや無印よりむしろお安いのでは?ということに。
かくして昨年末より私はマニフレックスで寝ています。もちろん、届いた日には「トラーイ!!」と叫びながらダイブしました。
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今年の初場所から、マニフレックス色の締め込みになった嘉風。化粧まわしもマニフレックス

こうして私のように踊らされる阿呆がいるからこそ、どこにもここにも隙あらば広告が差し込まれる世の中なのはわかってる。
だがしかし。
ここ最近のtwitterも、そしてついにははてなさんまでもが「これ買えよ、これ見ろよ」とそこかしこに広告を挟み込んでくることに、わりとうんざりしています。
特にスマホアプリからアクセスした時に「購読中のブログ」欄に挟み込まれてくるPRブログな!
いつからあんなのできたんだ、鬱陶しいったら。

私、もはや、あの時の先輩以上に岡田美里のモノマネが上手くなってしまいそう。
「あれ買え、これ買え、と広告ばかり見せられる苦痛がわかりますか!」

私は貝になりたい

野球・スポーツ 泡沫


貝にな! …この前築地に行ったもんで貝の写真なんかいくらでもあるんだぜ。

さて、先日は相撲ファンの先輩つるちゃんと夏場所初日に行ってきた。
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幕下力士の取組を横目に昼間からビール飲んで焼き鳥食べて、しみじみと語り合う。
「昔は関取なんてみんな自分よりもずっと大人だったのに、気付けばみんな年下になっちゃったよ」
「わかる!プロ野球選手名鑑見ても32歳くらいで既に“まだ老け込む歳ではない”とか書かれてるしさ」
「我々の年齢でまだ現役だったら、レジェンドとか呼ばれちゃうしね」
…そうね、レジェンドね…。
それでも、こんな年になってもやっぱり、土俵上やグラウンド上で素晴らしい戦いをしている人々は皆、自分よりずっと立派な大人に見える。

思えば、子供の頃、読書感想文のために読んだ本の中の登場人物達だってみんな自分より立派で、感想文にはいつも「こんな状況でも諦めない◯◯はすごいなと思いました」みたいな事を書いていた。
いつか自分が大人になったら、そんな風に思わなくなるのかなと思いきや、いまだに本や漫画を読んで「え、この年でこんなに大人なのが普通?私がダメなの?」とヘコむことも多い。

近年、私を一番ヘコませたのは、吉田秋生の「海街ダイアリー」だ。
連載開始当初まだ29歳の長女、幸姉は異母妹を引き取って育てることを決める。喪主挨拶まで引き受ける。…私、喪主挨拶なんて出来ないし、ご葬儀の段取りもよく知らない。
1年後、30歳になった幸姉は、法事の際、義母の再婚に腹をたてる妹を叱る。
「思ったまんま口にすりゃいいってもんじゃないのよ!」

この言葉は、言動で失敗しやすい私の胸にぐっさりと突き刺さったのだけれど、人はなかなか成長しない生き物。

国技館にて、つるちゃんと力士の入り待ち中、向こうから安美錦の付き人らしき人がやってくる。
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うきうき浮かれていた私は大声で言いました。悪気はなかった。
「つるちゃん!あの人、スイカみたいな着物着てるね!
つるちゃんはゲラゲラ笑いながら言いました。
「まめ、思ったことをそのまんま口にしないのよ

…ああ、やってしまった。
まあ、笑ってくれてたからいいだろうと自分を励まして、でもヘコむ。まるで余計なおしゃべりをし過ぎた飲み会の翌朝みたいに。
今まで何度も「もう二度と余計なことを口にしない」と誓って生きてきて、いまだにこのザマよ。幸姉はあんなに大人だというのに。
帰りの電車の中、「思ったことをそのまま言う」とGoogle検索すると様々なアドバイスが出てくる。「そういう生き方は損をします」「友人を失います」「ヤクザの前でも同じことが言えるんですか」「アスペルガー症候群の兆候です」

ああ、ああ、もう、ホント、次に生まれ変わるなら私は深い海の底で物言わぬ貝になりたいわ、貝に!

私は貝になりたい <1959年度作品> [DVD]

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サウダージ

サウダージ

山へ行くつもりじゃなかった

旅・散歩

Three Cheers for our side ~海へ行くつもりじゃなかった

Three Cheers for our side ~海へ行くつもりじゃなかった

このGWは久々に友人Tと星を見に出かけた。星を見ると言ったって、今回の目的地はナントカで日本一の星見スポットと認定されたらしい、長野県の阿智村という所で、ロープウェイで行ける山の上でイベント的な星空観賞会をサクっとやって帰るとの事だ。

【公式サイト】スター★ビレッジ 阿智〜日本一の星空の村〜

当然トイレもあるだろうし、それなりに施設も充実していることであろう、いつもみたいに人里離れた山奥じゃない。何より雨予報だ。大して星も見ずに帰ってくることだろう。
そうタカをくくって、寝袋はおろかダウンジャケットもネックウォーマーも手袋も持たず、雨具と毛布、それに薄手のメリノウールを着込んで出かけた。なんたって5月だ。


途中、ワイナリーでカパカパとワインを試飲したり(私だけ)、元善光寺なるお寺に立ち寄ったり、ムキになって蕎麦屋を探したりしながらロープウェイ乗り場へ。
駐車場の時点で、うん、これは寒さが予想されるな、と持ってきたパーカーと雨具を着込んで毛布を持って。

標高1600mまでがんがん上っていくロープウェイの窓から入ってくる冷気。
ヤバい、結構寒いんじゃないか、これは。

この建物前の芝生にシートなど敷いてイベント開催時刻を待つワケですが、まわりの方々はダウンジャケット着たり、テントや寝袋を持参していたりする。吹き付ける強風。パラつく雨。

我々は久々すぎて星を見るという行為を、山を、ナメていたのではないか。
5月だろうが、イベント地だろうが、サクっと終わる予想だろうが何だろうが、星を見に山に行こうと思ったら常に寝袋やスキーウェアなどという最大装備が必要だったのでないか。
ガタガタ震えながら何度もそう口にし合った。「まあ、それでも何も知らない人より少しは装備してきたけどね」などと強がりつつ。
イベント中に雨脚が強まり、屋内に避難して係の人から星の説明を受けて下山。
いやいやいや、今後は山をナメたらいけないよね。

その翌日。朝食を食べ終わって、さて、どこに行くかと寺でもらった観光パンフレットを眺めていたとき、ふと千畳敷カールの写真が目に止まった。
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ああ、ここ、よくクラブツーリズムなんかのバスツアーで紹介されてるんだよね。ちょっと憧れだったんだー、いいなあ、と口にすると、「すぐ近くだから行ってみるか」とのこと。
ええー?本当に行けるの?GWだから激混みじゃないかしら。でも嬉しいー!高原のお散歩できちゃうんだ。
うきうき浮かれながら菅の台バスセンターという所で車を降りる。ここからマイカー規制だからバスでしか行けないらしい。
バスセンターのおじさんが「山の上は強風です」というので、とりあえず持っているありったけの装備はしていく。

こんな山道をバスで上るうちに、我々はまたしても顔をひきつらせながら確認し合うのである。
「これ、ヤバいぞ。相当寒いぞ、スキーウェアや寝袋は常に車に積んでおくべきだったな」
「我々は、ついうっかり山に入ってしまう傾向があるんだね。常に備えておかないといけなかったね…」

バスに揺られること30分。標高1600mのロープウェイ乗り口から13分で一気に標高2600mまで上る。
そして目を疑うのだ。

な!!な!!なんじゃこりゃーーーー!!!


ご、ご、5月なうですよ。大相撲なんか夏場所が始まるんだぞ。それなのに標高2600mの神々の山嶺にはまだ春すら来ていないのか!
まさか5月に、雪に足をとられて息を切らし、穴ぼこにハマって尻もちをつくだなんて!さっきまで「高原のお散歩」とか浮かれていた自分を張り倒してやりたい。
雪がとければお散歩コースになるのであろう通路の入口には物々しく書かれている。「ここから先、冬山完全装備で!(アイゼン、ピッケル等)」
この景色を見れば当然だ。

これが正しい装備。
ニューバランスリーボックなんかお呼びじゃないのだ。

気温は5度。夏、もう一度ここへきてこのホテルに泊まって星を見よう、とリベンジを誓って下山して光前寺やら天竜峡やら。うららか。


遠くに千畳敷カールが見える。

ねえ、私たち、さっきまであそこで寒さに震えてたんだよね。何の努力もしないで、簡単に標高2600mまで行って帰って来れちゃうなんて、なんだかすごく不思議だね。
…と山を振り返って、ぼそぼそ話し合う。

行き当たりばったりでふらっとあんな山の上まで簡単に行けちゃうからこそ、ボーイスカウトみたいに「備えよ常に」だね。これからは寝袋とダウンジャケットはいつも持ってくるよ。だって、山へ行くつもりじゃなかったのについふらっと行ってしまったりするんだもの。
あーあ、そんなことができるなんて、なんて贅沢!なんて幸せ!