よそんちの肉じゃが
実家の肉じゃがは、恥ずかしながら豚肉で、何故か竹輪も入っており、そしてやたらと玉ねぎが多くて甘い。思春期の弟は母に冷たく言ったものだ。「お母さんの肉じゃがは「肉じゃが」じゃねえよ!「玉じゃが」だろ!」
母は答えた。「ちくじゃがです!!」
その「ちくじゃが」、美味しかったが、やっぱり「よそんちの肉じゃが」に憧れたものだ。よそんちの肉じゃがはきっと牛肉が入っていて、じゃが芋や人参が大振りで、上に絹さやなんて散らしてあって、もっと見栄えがいいんだろう。
一人暮らしを始めて、自分で料理をするようになったが、肉じゃがは作らなかった。なにせ、自分の記憶にあるのは「ちくじゃが」だし、あえて肉じゃがを作ろうとお料理の本なんて読むのは「得意料理は肉じゃがです☆」系女子のようで、自意識過剰な私はとても気恥ずかしかった。クックパッドはまだない頃・・・だと思う。
ケンタロウの和食 ムズカシイことぬき! (講談社のお料理BOOK)
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劇団で働いていた頃、ご招待客で料理家のケンタロウが来た。お金を支払おうとするケンタロウに「本日はご招待ですからお代金は頂きません」と伝えると、驚いた顔をした後でにっこりと笑い、90度の最敬礼で「ありがとうございます」と言ってくれた。
そのあまりに気持ち良い態度に「さすがカツ代のメシで育ってきた男は違うね」「美味しい物食べて育ってきた人って、本当に育ちがいいって感じがするね」と同僚たちと感嘆の声をあげた。
それで「あの気持ちのいい人なら信用できる」とケンタロウの本を買ったら、そこに小林カツ代考案の肉じゃがが載っていた。名前は「家宝の肉じゃが」
フライパンを使って、強火でガーーーっと仕上げる。人参やしらたきや、もちろん竹輪は入らないシンプルな肉じゃが。
簡単なのに、とても美味しい。牛肉でも作ってみたけど、豚肉だって美味しい。
憧れた「よそんちの肉じゃが」、小林家の家宝の肉じゃがが「わたしの肉じゃが」になった頃、カツ代は既にクモ膜下出血で意識不明になっていた。
あれから、肉じゃがを作るたびに「カツ代はまだ目覚めないのか」と胸を痛め、せめて入院費の足しにでも、とカツ代の著書やケンタロウの著書を買い集めたものだ。二人とも、お料理もいいけれど、エッセイの文章がとてもあたたかくて、ウィットに富んでいて面白かった。
それなのにあの、ものすごく感じのいいケンタロウまでバイク事故に遭ってしまうだなんて。意識は戻ったけれど、現在も寝たきりで脳障害があるらしい。
昨日も小林家の家宝の肉じゃがをつくった。そして、カツ代とケンタロウの事を思い出しながら食べた。
小林家のレシピを教えてもらったから、まるで小林家の家族になったような気持ちになって。
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ちなみにこのエッセイの中でケンタロウが疑問を呈している、「スタッフドオリーブの中のピメントは誰が詰めているのか」、私もずっと気になっている。