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90億の神の御名

この世界のほんの些細なこと

貧しき憂い

泡沫

聖なる方の生誕の日を目前にし、一言物申したく思い候。

キリスト教信者という訳ではないが、子供の頃、日曜学校に通っていた。普段は子供讃美歌しか歌わせてもらえなかったけれど、クリスマス礼拝が近づくと、大人用の黒い表紙の讃美歌集の中の歌も歌わせてもらえる。美しいメロディーの讃美歌121番「まぶねの中に」はこんな歌詞だ。

馬槽(まぶね)の中に 産声(うぶごえ)あげ 
木工(たくみ)の家に 人となりて
貧しき憂い 生くる悩み つぶさになめし この人を見よ

この歌詞にいつもちょっとひっかかっていた。だって神の子でしょう?生まれてくる家を選べたはずでしょう?わざわざ選んで「木工の家」に生まれたんでしょう?ヨセフ、本当に驚いたと思うの。いきなり奥さんに「処女懐胎しました」って言われて。呑みこむまでに時間もかかったと思うの。それなのに「貧しき憂い」って・・・。
想定外であなたができちゃったから余計貧しくなったってことも、ありますでしょう?あなたのせいでエジプトに逃げなきゃいけなくなったりもしたでしょう?いくら神の子とは言え「貧しき憂いつぶさになめし」ってそれはちょっとひどいのでは・・・。

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昔、父もまだ若く、お給料も安かったので、3人の子供を抱えた母はのび太のママの如くやりくりにきゅうきゅうとして子らに宣言した。
うちは貧乏です!」と。
それで、まだ小さい弟たちは、生協に行くと割引シールの貼られた商品を探しだし「お母さん!20円引きの、あったよ!!うちは貧乏だからこのシールが貼ってあるやつしか買っちゃいけないんだよねえええ!!!」と店内に響き渡る大声で嬉々として叫んだ。隠れたかった・・・。

また、ある日などは、私と母が帰宅すると絨毯に大きな焦げ跡ができていたことがある。驚いて「何したの!」と聞くと、弟たちはしくしく泣きぬれて言った。
「だって、幼稚園で園長先生が丸めたティッシュを燃やしたら1000円が出てくる魔法をやってたから」
「う、うちは貧乏だから、オレたち、お母さんにお金を出してあげようと思ったんだ」
そうして父のライターでティッシュに火をつけたら絨毯に燃え移り、慌てて洗面所から水を汲んできてかけたのだそうだ。
なんて恐ろしいことを・・・!!と、思いつつ、やっぱり叱れなくて大笑いした後、母は園長先生に「あの手品はやめてくれ」と懇願した。

こんなことは、憂いと呼ぶほどのものでも、貧しさと呼べるほどのものでもない「貧しさごっこ」みたいなもので、どこの家だって同じことだと思う。
ちびまるこちゃんにも同じようなエピソードがあったが、テレビゲームを買ってもらえない弟が「みんな持っているのに!」と駄々をこねた際には「みんなって誰?じゃあ、よそんちの子になれば?」とピシャリとシャットアウトされた。

ですから、神よ。
あなたのお宅がどれほど貧しかったのかは存じませんが「貧しき憂い」なんて言うならよそんちの子になりなさい。
それから、選んで生まれたんだから「貧しそうな顔」もするもんじゃない。そういう顔するから周りの信者が「貧しき憂い」なんて歌を作ってしまうんです。いや、いい歌だけども、ね。