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90億の神の御名

この世界のほんの些細なこと

美味しうございました

京都の営業さんが阿闍梨餅を手土産に本社に来てくれた。

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これ、大好き。この前、奈良の帰りにも買おうかと思ったけれど、大人気なのか「本日分は売り切れ」になっていた。
なんてもちもち!美味しさのあまり、食べ終わってから浮かれて「おいしゅうございました」と手を合わせたら、図らずも円谷幸吉の遺書を思い出してしまった。

「父上様母上様三日とろろ美味しうございました」から始まるあの悲しい遺書。初めてあれを知ったのは中学生の時で、理由も何も知らなくて、不謹慎ながら「モンゴいか!」と笑ってしまった。その後で、自死の背景を知って本当に切なくやりきれない気持ちになった。

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これは奈良の春日大社の春日荷茶屋で食べたうす茶粥。とても美味しかった。

そんなに食い意地が張っている方でも、食べ物にこだわりがある方でもないと思うのだが、印象深い思い出は大抵食べ物と結びついている。
今回の旅行でも、一緒に行った友人と、かつての旅先の思い出話をあれこれしたが、話の途中で彼は若干呆れたように「きみ、食べ物の話ばっかりだな」と言った。

美味しかったから、美味しくなかったから、楽しかったから、疲れていたから、暑かったから、真夜中だったから。
様々な理由で、食べ物のことを鮮明に覚えていて、そして食べ物を思い出すと、その時の日差しや気持ち、空気の感じさえはっきりと思い出せる。

家族で行った小さなレストランのはちみつ入りバニラアイス。祖父が生きていた頃、一緒に行った鉄板焼き。湯河原駅前の寂びれた食堂、高知の市場で食べたゆず酢の酢飯のお稲荷さん。三嶋大社のリーゼント風あんころ餅「福太郎」。
ログハウス風お洒落カフェで母と「これは絶対ニラを切ったあとの包丁で切ったね」と頷き合ったニラ臭いタルト。あの後何年も「あれはないわ」と家族の話題になり続けた、母の創作料理「茄子のコンポート」、夜中の秋田の海沿いで、やっと見つけたコンビニで食べたおでん、山形出身の同僚が茹でて新聞紙に包んで持ってきてくれたまだ温かい枝豆。

折に触れてそういうものを思い出して、「ほら、あの時あれを食べて、その後あそこに行ったじゃない」なんて話を何度も何度も繰り返す。美味しかった話は、楽しかった思い出の共有だ。

ここ数日、そうめんの話題が波紋を呼んで、いろんな人のブログで、そうめんにまつわる思い出や思い入れ、食べ方を読んでは「ああ、そうそう、わかるわ」と共感したり、にやにやしたり、他所のおそうめんに憧れや懐かしさを感じたり、嬉しくなったり切なくなったりしている。食べ物の話はこうして、会ったこともない人との間でさえ、簡単に思いを共有させてくれるものだ。

だからあの、食べ物のことばかり書いてある遺書を思い返すたびに、こんなにも深く胸に突き刺さって、声をあげて泣きたくなってしまうのだ。
「美味しうございました」は「幸せでした」で「楽しかった」で「嬉しかった」で「ありがとう」で、「美味しかったよね」「楽しかったよね」という思い出を共有する呼びかけだ。


阿闍梨餅、本当に美味しうございました。
こうして円谷幸吉を思い出して少し泣いた日のことも、美味しかった思い出として、いつか鮮明に思い出したりするんだろう。

孤高のランナー 円谷幸吉物語

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