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90億の神の御名

この世界のほんの些細なこと

ものすごくまずいお土産

私の直属の上司である主任は、学生時代からずっと休みのたびにバックパッカーになって海外を旅している人だ。
入社したばかりの夏休み前、バックパッカーの旅の話を聞いて「へえ、すごい!いいじゃないですか!じゃあ、お土産を楽しみにしていますね!」と言ったら、同僚の女の子がちょっと困ったような顔で言った。
「気を付けた方がいいですよ、主任のお土産って木の実とかだから
・・・え?き、木の実?・・・なに、そのナウシカみたいなエピソード・・・。

その年、バングラディシュだかどこかに行った主任がおみやげとして買ってきてくれたものは、サランラップに包まれたのし餅のような茶色い物体だった。「バナナキャンディーだよ、あっちじゃ大人気なんだ」と主任は笑って言った。
なんと言ったらいいのやら、不思議な匂い、不思議な味、不思議な感触の食べ物だった。
いつぞやはまるでプロパンガスのような臭気を放つドリアンキャンディーを段ボール2箱買ってきて「ガス警報器が誤作動するからやめて!」「なぜ検疫はこれを国内に入れることを許したんだ!」と大騒ぎになった。

「どうしていつもこういうものばっかり買ってくるの!」
笑っちゃいながらも涙目の女子達に詰め寄られて、主任はしょんぼりと答えた。
「だってさ、あっちで食べたらすごく美味しかったんだ。それなのに、いつも日本に帰ってくると、あれ?美味しくないなって思うんだよ」
5歳の男の子みたいな物言いにまたしても笑ってしまいながら、この人のこういう所って美徳だなと思った。
よく海外は食べ物がまずい、何も食べられなかった、なんていう人がいるけれど、主任はだいたい何を食べてもおいしいと思うのだそうだ。ただしウミヘビだけは生臭かったらしい。その時2ドルの宿に泊まっていて、宿代よりウミヘビの方が高かったのにひどいよ!と楽しそうに怒っていた。

買ってくるお土産が毎回不評なので、最近は主任も少しずつ学習し、流通経路に乗ったお菓子を買ってくるようになった。「やっと学習しましたね」なんて言いながらも、本当は少し寂しいのだ。まるで、素朴な佇まいの鄙びた村に都会の文明が入ってしまったかのように。

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今日から夏休み。主任は有給も併せて11日も休みをとったくせに、どこに行くのか教えてくれず、「ヨーロッパに決まってるじゃないか、君たち。俺はいつでもヨーロッパしか行かないよ?」などと嘯いて笑っている。
「嘘!主任がヨーロッパに行くはずがない、ヨーロッパの旧植民地の間違いでしょ?」「どうせまた、アフリカとか行って真っ黒になって帰ってくるんでしょ?」
やいのやいの言う我々に「ちくしょう、絶対にものすごくまずいお土産買ってきてやるからな!」と捨て台詞を残して主任は旅立って行った。

そうだよ、主任。それでいいんだよ。誰になんと言われようと、木の実だの、湿気ったカレーせんべいみたいなお菓子だの、サランラップにくるまれたバナナキャンディーだのと一緒に帰ってくればいいのよ。「向こうで食べたら美味しかったんだ」って言いながら。それがあなたのいい所なんだから。そういうものを食べながら、私たちも少しだけバックパッカーの旅をしたような気持ちになっているんだから。
だから安心して、「ものすごくまずいお土産」を買っておいで、どこに行くのかしらないけれど。