読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

90億の神の御名

この世界のほんの些細なこと

たとえばぼくが死んだら

上の記事にも書いたけれど、子どもの頃は知らない場所に出かけるのが苦手だった。もう二度とこの部屋に生きて戻って来ることはないんじゃないか、と怯えてしまうのだ。
今では自らすすんであちこち出かけていくけれど、それが例え1泊2日で近場に出かけるだけにしても心のどこかで少し考える。
事故に遭って死ぬんじゃないか、ニュースに「30代会社員女性」とか出ちゃうんじゃないか、なんてことを。
まあ、誰だってきっと少しは考えることだと思うけれど。
それで出かける前になんとなく部屋の掃除なんかしてしまうものだけれど。

f:id:mame90:20141102103359j:plain

これは母方の祖父の遺品の魔法瓶。
「花柄なんて趣味じゃないんだけど」とうんざりする時、「あ、これ遺品だった。そうか、もう遺品になっちゃったのか」と改めて実感する。

昔、祖父が倒れて入院して、そのままケアホームに入ることになった時、母と私で一人暮らしの祖父の家を片付けに行った。初めの頃こそ「もう死んじゃってる人の物だったら、こっちで勝手にいるいらないを判断できるんだけど、生きてると気をつかわないといけないのよねえ、どうする?この山のようなイチローグッズ」などと、祖父の意思を推量しながら作業をしていたけれど、退去期限が近づいて来るとそんな事も言っていられない。「もう、捨てよう!片っ端から捨ててやろう!」とメジャーリーググッズも、大昔の錆びついた剃刀セットもどんどんゴミ袋に放り込んでいく。
「何?この写経の山は!写経ってゴミにできなくない?どうすればいいの」と写経の捨て方を巡って議論し(あれ以来、写経を趣味に持つのはやめておこうと決めた)、冷凍庫に所狭しとつめ込まれた焼きおにぎりに「どんだけ焼きおにぎり食べるつもりなの、あの人は!!焼きおにぎり屋か!」と憤りながら。

そうだった、そんな中もらってきた魔法瓶だった。あれから何年経ったかしら。
なんてしみじみと考えてしまうのは、せっせと流し台なんか磨いているから。
そして勢いのままにやかんまで磨き始める。

f:id:mame90:20141102103349j:plain

たとえば飛行機事故で死んだとして、その時、やかんが曇ってようが輝いていようが、そんな事はなんの問題になるだろうか。絶対ならない。
ただ、片付けのために我が家に来た母が「やだもう!あの子ったらやかんも汚いままで!」とか言うくらいのものだ。そんなの別に構わないといえば構わないけど、小心者なモンだから、ついついガサ入れに備えて「他人の視線」で部屋を眺め回しては掃除機をかけたり、ガス台を磨いたりしてしまう。


その割には冷蔵庫の中と押入れの中は整理していないんだけどね・・・。
まあ、でも、人間ってそんなに綺麗には死ねないものだよね。
あの几帳面な祖父でさえ「なんだこの焼きおにぎりは!」って言われてしまうわけだし、私だって万が一の折には「やかん磨いてるヒマに冷蔵庫くらい片付けられなかったのかしら!」って言われたって仕方ないよね。
うん、仕方ない。人間だもの。

そんな言い訳を胸に、ハワイに行って参ります。
万が一の時には、お母さん、ゴメン、冷蔵庫と押入れのことは見逃して下さい。

たとえばぼくが死んだら~森田童子ベスト・コレクション

たとえばぼくが死んだら~森田童子ベスト・コレクション

柳 宗理 ステンレス ケトル ミラー 311120

柳 宗理 ステンレス ケトル ミラー 311120