90億の神の御名

この世界のほんの些細なこと

何もない場所

以前、旅先の道の駅で、ギターをかき鳴らして「襟裳岬」を歌っているおじさんがいて、あれ以来、なんとなく襟裳岬が耳に残ってしまっている。
おかげでitunesでダウンロードまでしてしまった。吉田拓郎版だけど。

家へ帰ろう / 襟裳岬

家へ帰ろう / 襟裳岬

あの歌の有名な歌詞「襟裳の春は何もない春です」という部分に襟裳の人たちからずいぶんクレームがあったらしい。どうしてそういう所に噛みついてしまうのか、ちょっと残念に思う。
さだまさしの「関白宣言」も「飯は上手く作れ いつも綺麗でいろ」などという亭主関白な歌詞に「女性蔑視だ!」と苦情が殺到したらしい。最後まで聴くと涙が出るほどいい歌詞なのに、人の話を最後まで聞かず、真意を汲み取らずに文句を言うなんてこれまた残念。

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11月の3連休はちょうど新月だったから、星を見に八ヶ岳方面にでかけた。
思ったほど道路も混んでおらず早めに着いてしまったので、お昼にお蕎麦を食べた後で、まっすぐ伸びる道を眺めながら、日暮れまでどうしたものかと呆然とする。
「・・・いやあ、ホント、何にもねえな」
「いっつも何もない所に来ちゃうね」
「まあ、仕方ないよな。星を見ようとしたら、光がなくて空が開けた場所を探して山奥に出かけたり街を離れたりしなきゃいけないんだもんな」
「そうだね、そりゃ何もないよね。何かあったら星が見えないしね」
「月さえない日を選んでるしな」

すすんで何もない場所を探してきたので、たまたま目についたアルパカ牧場とやらにも立ち寄ってみる。100円かそこらでうさぎに餌をやったりできる。
それで冬の夕暮れ、よその子どもと一緒にクローバーをもしゃもしゃ食べるうさぎをそっとなでてみたり。

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アルパカさんのイケメンぶりに驚愕したり。

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ついつい売店でアルパカの出産ビデオなど眺めたり。
飼育されたアルパカの出産は普通に苦しげなのに、野生のアルパカは山道を歩いている途中にポロっと子供を産む。流し産み!と驚く。しかももっと考えて産めばいいのに傾斜の厳しい場所で産むので、よろよろと必死に立ち上がろうとするベビーアルパカが谷底に落ちたりする。母アルパカは「あら、落ちた」みたいな顔をするのみ。・・・野生の世界は厳しいのだな・・・。

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それから日暮れまであちらこちらをうろうろしながら、ここがいいんじゃないか、あそこがいいんじゃないか、でもここは街灯が邪魔になりそうだ、などと星見スポットを物色してまわる。

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これは友達が撮った星空の写真。
思ったよりたくさん見えた。でもやっぱり夏の福島の方がもっとすごかったよね、どんどん贅沢になっちゃうねと言いながら、寝袋にくるまってずっと空を見上げていた。

美しい星空を探して、私たちは何もない場所を目指す。そこにはカフェもコンビニも家も何もないけれど、木があって自然があって、広い空があって綺麗な空気があって、星空がある。
人の手が入っていないことを「何もない」と言うけれど、それは本当に人の手が入っていることよりも優れた素晴らしいことなんだろうか。
生きているといろんなことがあるから、「何もない春」を願ったりもするんじゃないか。

なんてことをぐるぐると考えてしまいながら襟裳岬に思いを馳せる。
今頃、大雪で大変なんだろう。悲しみを暖炉で燃やして暖まることができたらいい。