90億の神の御名

この世界のほんの些細なこと

思えば遠くへ

学生時代の数年間を埼玉で過ごして、西武球場の近くの高校に通っていた。
授業が退屈な時、いつも窓の外に見える西武園ゆうえんちの観覧車を眺めていた。
高校生にとっては学校だけが世界の全てで、学校の外でどうやって生きていくのかわからないのに、ここにいるのはなんだかとても息苦しくて、外界へ憧れながら見つめる先に赤い観覧車が気だるい感じで回っていた。

まだギリギリ、西武球場が西武ドームではなかった頃だと思う。だから未だに私の中では「西武ドーム」ではないのだ。「西武球場」なのだ。
誰かがホームランを打つと花火が打ち上げられるのが家からも小さく見えた。
家の脇を走る西武線は、マンガ「ドカベン」の主人公、山田太郎が西武ライオンズに入団したという設定であった為に先頭車両に山田太郎の絵をつけて走っていた。
当時は常勝軍団だったので毎年のようにリーグ優勝しており、沿線の店々は軒並み「優勝おめでとう」ポスターを貼った上に、大音量で松崎しげるの「地平を駆ける獅子を見た」を流していた。

おおらかな時代、おおらかな学校で、同級生達は「ライオンズが優勝決まったから所沢西武で樽割りあるらしいぜ。酒が飲める!」などとウキウキして出かけていたし、先生たちも、単位の危うい子に「お前マジック点灯してるぞ」という注意をしつつ、日本シリーズが始まれば「先生、今から日本シリーズ見に行くから今日の4限、自習な!」と授業を放ったらかしにして西武球場へ行ってしまっていた。

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今日は東京ドームに巨人対西武のオープン戦を見に行ってきた。
西武ライオンズの応援に。

西武球場のすぐ近くにいたあの時、あんなに興味がなかったのに。
弟を連れて仕方なく行った西武球場で「稼頭央」と書かれた旗を振り回すおじさんを見ては「仕事とかちゃんとしてんの?あの人」と冷ややかな眼差しを送っていたというのに。
時は流れ、神奈川に戻ってから見た高校野球で松坂くんが恐ろしいことをやってのけた後に西武ライオンズへの入団が決まったので。
なんだかんだで、大音量の松崎しげるが染み付いてしまったもので。
あの黄色い電車への郷愁もあったので。埼玉を離れた頃になってライオンズファンになってしまった。

西武球場へ向かう電車は高校のすぐ脇を通る。
あの頃は、あの4階の窓から、まっすぐな眼差しで西武園の観覧車を眺めていた。
今は電車の中から、なぜか後ろめたいような心持ちで、懐かしい砂埃の舞う高校のグラウンドをチラっと盗み見したり、目を逸らしたり、気づかない内に通り過ぎたりして西武球場へ通う。
移動にかかる時間や乗り継ぎの大変さより、高校の前を通る気力があるかどうかの方がいつも問題で、だから東京ドームとか他所の球場に行くほうが気持ちは楽なのだ。西武球場よりも。

今日の試合は3対1で巨人の勝ち。
またシーズンが始まって、今年も何度かは西武球場に行くんだろう。そうしてまた、落ち着かない気持ちで高校の前を通りすぎるんだろう。
もうすぐ、あそこにも桜が咲いて、新入生が「大人の入り口」に立ったみたいな顔をして門をくぐるんだろう。あの頃私がそうだったように。
思えば遠くへ来たもんだ。