とんだそら豆
さっきから携帯にそら豆のメールばかり入ってきて、少し気が滅入っている。
母から家族全員に「知人から大量にそら豆をもらったから取りにきて」とメールが送られ、「雨で出歩きたくないので私はいらない」と答えれば、弟や嫁達が気をつかって「届けましょうか」と言い出し、それを「ありがとう、ありがとう、本当に大丈夫だからみんなで食べて」と必死で辞退している有様だ。
そら豆のおかげでてんやわんわの土曜日の夕方だ。ありがたい話ではあるが、まったくとんだそら豆だ。
そら豆と言えば必ず思い出すのは太宰治の小説「人間失格」だ。
小説の中で、主人公と友人堀木が2階で酒を飲んでは役にも立たない与太話をしている。階下では嫁がそら豆を茹でているのだが、出入りの商人に強姦されてしまう。そら豆を待ちわびた堀木が階下に様子を見に行き、慌てて戻ってきて主人公にこう言うのだ。
「おい!とんだ、そら豆だ。来い!」
毎年春になって、飲み屋でそら豆を出されると、友人たちと「とんだそら豆だ!」と言い合って笑ったものだ。
「いや、あれは大変な事だけれども、それにしても堀木!とんだそら豆って!!」
「そら豆を肴に、こんな話をしてる我々、なんと知的www」
階下に陰惨な出来事が待ち受けている心配も何もない我々は、安心して馬鹿話をしては涙を流さんばかりに笑い転げた。
しかし、今日、あまりのそら豆メールに辟易しながら「そういえばそら豆の季節であったな」と人間失格の該当ページを読み返してみたら、更に気が滅入った。
いつのまにか、背後に、ヨシ子が、そら豆を山盛りにしたお皿を持ってぼんやり立っていました。
「なんにも、しないからって言って、・・・・」
「いい、何も言うな。お前は、ひとを疑う事を知らなかったんだ。お坐り。豆を食べよう」
並んで坐って豆を食べました。
太宰治「人間失格」
ああ、もう、このどうしようもない感じときたら、とんだそら豆だ。
おまけに、おそらくこの後、いいって言ってるのに弟か嫁が気を効かせたつもりで、ごんぎつねの如く、我が家の玄関先にそっとそら豆を置いていくのであろう。
嗚呼、嗚呼、まったく本当にとんだそら豆!
- 作者: 太宰治
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