小さな冒険
鳥は卵の中から抜け出ようと戦う。
卵は世界だ。
生まれようと欲するものは、一つの世界を破壊しなければならない。
鳥は神に向かって飛ぶ。神の名はアプラクサスという。
ヘルマン・ヘッセ「デミアン」
・・・ってほど、おおげさな話でもないのだけれど。
小学校時代の先生が朗読サークルに入っていて、今日はその発表会があるというので聴きに行ってくる。
先生はもうとっくに定年退職をしたのだけれど、障害者支援ボランティアやら老人介護ボランティア、合唱サークル、朗読サークル、水泳・・・と日々ものすごく精力的に過ごしてるらしい。
つくづく、このパワフルさが先生の先生たる所以だな、とも思ったし、教師という職業は人間が大好きな人がやるものなんだなとも思った。
先月お会いして食事をした帰り、コーヒーでも飲もうかと話していたら、先生がいたずらっぽく笑って言った。
「あたしね、すごくおいしいアイスクリームのお店知ってんの。町田に来たら必ず寄るのよ。ご馳走してあげるからいらっしゃいよ!」
どこに行くのかな、と思っていたら小田急百貨店の地下食品売り場の片隅にある、ジェラート屋さんだった。「ここすっごく美味しいのよ?ね、好きなの選びなさいよ!」と言われて私はオーソドックスにラムレーズンを選んだのに、先生は「あたしはピスタチオシチリア!毎回新しいのに挑戦するの」と澄まして言った。
久しぶりに食べたイタリアンジェラートはとても美味しくて、「どこかに行ったら毎回ジェラートを食べるっていいな」と思いつつ、なんとなく定番のラムレーズンを頼んだ自分がつまらない人間みたいに思えてしまった。
考えてみればジェラートに限らず、お菓子でも食事でも、買う洋服も読む本もいつも選ぶのは自分の定番で、冒険ができない。買うお菓子はサラダせんべいとリッツとロッテラミーか明治のチョコレート。本は、今年はブログで人からたくさん薦めてもらってずいぶん幅が広がったとは言え、本棚を占めるのは高校時代からの定番ばかり。パスタはいつも和風。ラーメンはサッポロ一番みそ。
周囲の人たちが「カントリーマアムの新しい味食べた?」とか「オランジーナマジヤバいよねー」なんて言うのもどこ吹く風。
・・・ちょっとくらい、冒険ができるようになりたいな。先生みたいに溌剌とチャレンジしてみたいな・・・。
そんな風に思って、まずはジェラートから、小さな一歩から、と冒険に挑むことにした。
記念すべき第1回目は、DipperDan。本当はラムレーズンかバニラに心惹かれたけれど、ベルギーチョコレートをチョイス。これが精一杯の冒険だった。味は普通。
2回目は、最寄りの東急百貨店の地下にあるクレマモーレでピスタチオと塩バニラのダブル。
先生みたいに選んでみたかったピスタチオを注文したら、なんだかやっと冒険できたような気がした。しかし、どっちもちょっと塩っぽかったので、組み合わせについて考える必要性を感じる。冒険って大変ね。
昨日は、先生に連れて行ってもらったのと同じ「アンティカ」のセンター北店へ。
ずいぶん冒険慣れしたような顔して、柚子チーズケーキとアマレナ(ダークチェリー)のダブルを注文した。
この前は先生と一緒に食べて楽しかったから余計に美味しく感じたのかしら、と思っていたけれど、ここのジェラートって本当にすごく美味しいんだな。クリームの感じと柔らかさが丁度良くて、先生がしょっちゅう通うのもわかる気がした。
ジェラートを食べながら先生は言った。「あなたにはね、文章を書くことをお薦めしたいの。人に公開してもしなくてもいい、日記でも読書感想でもなんでもいい。何か文章を書いてごらんなさいよ」
今日先生に会ったら言ってみようか。
この前のジェラートがとても美味しかったから、私も少しだけ冒険できるようになりました。そして、文章は一応毎日書いてますって。
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