悩みはイバラのように
子供の頃はこんな事で悩みやしなかった。しかし、大人になってから突如発生する悩みというものがある。
- 作者: 澁澤龍彦
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あれは絵本で読んだから、「ふーん、これが糸紡ぎ針ね」とまだ納得できた。やはりビジュアルでの確認は大事だ。
文学少女気取りで「罪と罰」に挑戦した夏、私と友人タキコは居酒屋で「ラスコーリニコフが老婆を殺すためにコートの脇の下に斧を隠すための縄をくくりつけ、挙動不審に歩く謎」についてアツく語りあった。何?どういうことなの?ラスコーリニコフはどういうつもりなの?どんなサイズの斧なの?転んだらどうするの?
映画を見れば謎はとけるのかもしれない。けれどあんな陰惨な内容の長編映画を見るには相当の覚悟が必要だ。
それからE.ブロンテの「嵐が丘」に出てくる「箱寝台」についても語り合った。「あたしたちってなんて知的なの!」と自画自賛しながら。
登場人物のロックウッドが嵐が丘のヒースクリフの家に泊めてもらって、件の箱寝台で眠ることになり、その蓋に書かれた落書きからキャサリンとヒースクリフに興味を持つのだ。
蓋付きの箱!それは何か、棺桶のようなもの?
すると、飲み屋の常連の大学教授が我々の知的トークに乱入してきて、あれこれと説明してくれたのだけれど、お互い酔っ払っているのでまるで想像がつかない。
これも映画を見ればいいのだと思うが、気が進まない。
映像で見たのに納得がいかないと言えば「シェルブールの雨傘」
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「気を付けて!まだ針がついてるの」
案の定ギイは指を刺してしまい、刺された指をしゃぶりながら二人は見つめ合う。
おい、待て。どういう事だってばよ。どんな危険なドレスで街に繰り出しとるんじゃ、お前は。
と、まあ、こんな具合で次から次へと生まれいづる悩み。
とりわけ人を憂鬱にさせるのは食べ物に関することだ。
子供の頃はこんなことで悩まなかった。
茹で卵はどれも、コツコツとひびを入れれば綺麗にくるっと皮が剥けるはずだった。なのにどうして大人になったら卵をボロボロにしながらため息をつかなければならないのか。憂鬱な顔で「茹で卵、殻が剥けない」などとネット検索をかけなければならないのか。
調べによると、やれ「古い卵を使え」「常温に戻して茹でろ」「卵のお尻に小さな穴をあけろ」「圧力鍋で茹でろ」「酢を入れろ」「水は半分だけ」だのさまざまな指示があるが、ゆで卵ってこんなに大変なものだった?
もっと簡単に「誰にでもできるもの」という位置づけで、悩みもなく綺麗に剥いて食べることのできるものじゃなかった?
コロッケもそうだ。
冷凍コロッケを普通に揚げるというのはこんなに難しいことでしたか?爆発したり、焦げたり、中がまだ冷たかったり…。
人生のどの段階において、私はこんな罠をしかけられるようになってしまったの?
これも調べによると、冷凍コロッケを上手に揚げるには「冷たい油から揚げる」「コロッケを解凍してから揚げる」「途中でピーマンを投入し、油の温度を下げる」等、様々な知恵があるらしい。
えー、面倒くさい。生きるってこうして悩みばかり、手間ばかりが増える事なの?とうんざりしながらコロッケを買っていた日々にサヨナラ。
コロッケの悩みだけは昨日解消できた。5月に衝動買いした、このツインバードの電気フライヤーでな!
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「これでダメなら一生冷凍コロッケに手を出すまい、コロッケは店で買おう」という悲壮な覚悟で臨んだけれど、予想を上回る出来具合。3500円の割にいい仕事するぜ、ツインバード。
生きる、ということはつまらない悩みが次々と生まれ、それを一つづつつぶしていくことを指すのかしら。
コロッケを齧りながら、そんなことを考え、長期化するゆで卵問題にため息をついた昨夜。