すれっからし
彼女は、むしろトムにこそふさわしい挑戦的な態度で、きらりとあたりに視線を投げ、それから自嘲的に笑った
「すれちゃったのよ あたし、すごーくすれちゃった」
フィッツジェラルド「グレート・ギャツビー」
どぎつい言葉の氾濫している昨今だから、割と耐性がついてしまってはいるものの、口に出すことは愚か、頭の中で言葉にする事も、ちょっとどうかと思われる言葉、というのが結構ある。
若い頃はどぎつい言葉を平気で口にすることが、大人であるかのように思えたり、スリルのような楽しさがあったりしたが、年を取ればとるほど、口にできない言葉が増えていく気がする。
放送禁止用語に並ぶような言葉はあまり大した問題ではないのだ。もっと、日常の中にするっと紛れ込んでいる言葉。
「まずい」という言葉もかつて私にとって、そういう言葉の一つであったはずだった。
そもそも青汁のCMのように「うーん、まずい」と言う程おいしくないものを食べた経験はそんなにないし、あったとしても、その時は「あれ?」という衝撃の方が強くて、あとで気心の知れた人たちと「イマイチだったね」と小声で言ったり、「むしろ思い出深い」と心の中でこっそり思ったりする程度だった。
ここでクリームパンの事を書き始めた当初だって、「美味しくない」と書くことにすらちょっとドキドキしたものだった。
CANTEVOLE(イオンベーカリー) なめらかクリームパン 140円
パン:冷めると固くなるタイプ
クリーム:でんぷん糊みたいなのがたっぷり
☆
それなのに、たくさんのクリームパンを食べる中で、スレてしまったのか、麻痺してしまったのか、今や平気で「美味しくない」と言ってしまえる。
それどころか、このクリームパンを食べている間中、頭の中で平気で「うわ!まず!」と繰り返しており、いつの間にこんな事を思ってしまえるようになったのかと驚いた。
大辞林によると「すれっからし」とは「何度もひどい目に遭って素直でなくなり、ずるがしこくなること。」だそうだ。確かに何度もひどいクリームパンに出会ってきた。
また、「すれっからし」の同義語、類義語は「海千山千の(女) ・ したたかな ・ 一筋縄でいかない(相手) ・ 経験を積んだ ・ 場数を踏んだ」等になるそうだ。
おお、神よ。どれほど経験を積もうとも、ひどい目にも遭おうとも、それでも純真さを失わずにいるためにはどうしたらいいのでしょうか。
例え「まずい」という言葉を使わないように気をつけたとしても、「小学校の頃にこのクリームみたいな匂いのする糊で工作したな」という感想は、純真な感想と呼べるのでしょうか。
・・・世間ずれならぬクリームパンずれした私は、そんな事を考えては、グレート・ギャツビーのデイズィのように「すれちゃったのよ あたし、すごーくすれちゃった」と自嘲的に笑ってみるのです。
- 作者: フィツジェラルド,野崎孝
- 出版社/メーカー: 新潮社
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