90億の神の御名

この世界のほんの些細なこと

9回2死

毎度引き合いに出して、お前は松岡修造か!と言われるかもしれないが、漫画「エースをねらえ」にこんなシーンがあった。
「ここまでだと思ったとき、もう一歩ねばれ。それで勝てないような訓練はしてない!」

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1998年夏の甲子園準決勝、横浜高校明徳義塾の試合は8回表まで6-0で明徳義塾がリードしていた。前日にPL学園と延長17回の死闘を投げ抜いたエース松坂くんはレフトの守備についていたけれど、5点リードされた7回裏の攻撃の時に監督に「甲子園のファンに最後にマウンドの姿を見せるための準備をしておけ」と告げられたそうだ。それで松坂くんは「えっ、監督はもう試合を諦めてんの」とムっとし、また「冗談じゃない」とナインが発奮して8回に4点返して9回にサヨナラ勝ちを決めた、というエピソードが雑誌「Number」に載っていた。

2010年夏の全国高校野球神奈川県大会、横浜高校は5年ぶりのノーシードからのスタートで、弱い世代だと噂されていた。3回戦の横須賀総合戦、9回2アウトまで2-1で負けていて、球場全体が「まさか横浜高校が県大会3回戦で姿を消すなんて!」という雰囲気に包まれていた時、2アウト1,2塁で代打に起用された井上くんが逆転タイムリー2ベースを放ち、横浜高校が勝った。
あの「代打井上」はベンチの選手たちが監督に「井上なら打てるからあいつを出して下さい」と直訴して出されたのだという話をどこかで聞いた。

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昨日は保土ヶ谷球場に秋季大会準々決勝を見に行ってきた。桐蔭×東海大相模慶應義塾×横浜という好カード。
横浜高校は8回裏に3点を失い5-3と2点リードされ、打順はこれまで3打席全員ノーヒットの下位打線という9回。ここ最近の横浜高校は毎年のように「歴代最弱」と呼ばれているし、もうここまでか、センバツは無理か、と私も周りもそっと溜息をつく中、代打の高井くんが出塁し、2アウト1塁から1番、2番が連続2ベースを放って同点に追いついた。そして延長戦でスクイズを決め、勝利した。

正直、試合全体を見れば、そんなに内容が良かったわけじゃない。ただ、すごいなと思ったのは、上に書いた過去の試合を含め、大人たちが「もうダメか」と覚悟する中で、彼らは9回2死の状況で本当に最後まで勝つつもりでいるということだ。一つミスをすれば負けが確定してしまう崖っぷちに立って尚、勝つことを信じて見せるその集中力だ。

大人は簡単に「最後まで諦めない」「野球は9回2アウトから」なんて口にするけれど、「そうは言っても、さすがに無理でしょ」と心のどこかで思ってしまうものだと思う。
けれど、「自分たちが負けるわけがない」「絶対に勝つ」と彼らは思えるのだな。それはやっぱり冒頭の「エースをねらえ」のように「それで勝てないような訓練はしていない」という自信から来ることなんだろう。そう言えば「自信」とは自分を信じることを言うのだったな。

翻って、自分は崖っぷちに立った時、人生の試合の中で9回2死の負けてしまいそうな場面で打席に立った時に「絶対に勝てる」「自分に不運が巡るはずがない」という自信を持てるだろうか、と思うと、きっともてない。そうやって自分を信じてあげられるだけ積み重ねてきたものがないような気がする。
あの子たちのまっすぐな自信と希望と集中力が羨ましくて、「いい試合だったな」と思った。