90億の神の御名

この世界のほんの些細なこと

美術・音楽

2D・3D

ある朝、何の話のついでだったか、課長が言った。 「僕が若い頃にはね、一生懸命お金をためてステレオのラジカセを買って、電車の音を撮りに行ったんだ」 あら、課長、撮り鉄みたいな感じだったんですねー、と笑ったが課長の言いたいことはそういうことでは…

Still Alive

サタデーナイトフィーバーはStayin' alive。 それは「生きている」ことと「まだ生きている」ことの違いなのかしら、どうかしら。昔、家に画集が2冊だけあった。多分父が廃品回収あたりで拾ってきたのだ。1冊は竹久夢二。もう1冊は東山魁夷。廃品回収に出され…

柘榴・馬鈴薯・蕎麦・そして絵画

子どもの頃、ある日突然父親が不思議な果物を一つだけ持って帰ってきた。丸くて、茶色くて、裂け目を覗くとまるで歯のようにルビー色の粒々が並んでいる。 柘榴を見たのはそれが初めてだった。 「おいしいねえ!」と食べていたら、父親が「この果物を使った…

春にして君を想う

去年の春の終わり、会社に電話がかかってきた。 昔、本当にものすごく好きで好きでたまらなかった人と同じ名字の人だった。 あの名字を聞くと、今更まだ動揺するのか、と苦笑してしまった。高校生なんて本当に多愛のないことで簡単に恋に落ちるものだから、…

運命と美しさ

坂口安吾は「堕落論」の中で東京大空襲について触れ、こう書いている。 「けれども私は偉大な破壊を愛していた。運命に従順な人間の姿は奇妙に美しいものである」 「あの偉大な破壊の下では、運命はあったが、堕落はなかった。無心であったが、充満していた…

映画の絵

何年か前、朝、たまたまつけたテレビで「水曜どうでしょう」の鈴井貴之氏が自分が監督した映画について「あの映画の中では画面のどこかに必ず電線や電柱などの人工物を入れたかった」と言っているのを見た。 映画ってそういう風に撮るものなのか、と思った。…

偉業の母

かつて、同僚たちと二ヶ月に一回くらいの頻度で「世界のご飯を食べよう会」を開催していた。和食、中華、イタリアン、韓国、タイ、スペイン…順調に続いたこの会が廃れたのはひとえにペルー料理のせいだと思われる。「えー、ペルー料理ってどんなだろうねえ」…

はじめに言葉ありき

昔、父親が写真に凝っていて、家に「アサヒカメラ」のような雑誌がたくさんあった。それで私と母は暇にまかせてページをパラパラとめくりながら、他人様の投稿写真を高みの見物で「写真撮る人ってどうしてこんなタイトルつけるのかしらねえ」「タイトルで台…

しじみのチカラ

通っていた高校は「日本で一番金のない学校」とのことであった。本当か嘘かは知らないが、当時、「日本で一番教育にお金をかけない埼玉県の中で、反抗的理由により一番予算を削られている高校」だと噂されていた。 そんな訳で、入学式の次の日に受けた注意事…

絵のような女

ルノアルの絵が好きな男がいた。 その男がある女に恋をした。 その女は、他人の眼からは、どうにも美人とは思われないような女であったが、どこかしら、ルノアルの描くあるタイプの女に似たところはあったのだそうである。 俳句をやらない人には、到底解する…

そうか君はもういないのか

「生きてる作家の本は読まない?」 「生きてる作家になんてなんの価値もないよ。」 「何故?」 「死んだ人間に対しては大抵のことが許せそうな気がするんだな。」 村上春樹「風の歌を聴け」 好きな作家(文章に限らず全ての)は、初めて出会った時にはもうこ…

不安定な道しるべ

高校生の頃、大丸東京で開催されたパウル・クレー展に行って、この「不安定な道しるべ」という絵を初めて見た。 まるで自分の進路みたいだ、と思った。「進路」という言葉を最初に自分の人生に持ちだされたのは中学生の時だったけれど、その時から今に至るま…

運命

この前お花見バスツアーに行って、初めて新東名を通った際に、海岸線の平野部を眺めながら前の席のおじさんが言った。 「津波が来たら逃げようがないよなあ」心の中で同じ事を思っていた。 あの大きな地震の後では、誰でも皆、海岸線を見る度に、そしてあち…

いつかの夢

クレーの絵に惹かれて行ったブリジストン美術館で、ザオ・ウーキーという人の絵を見た。 いつかの夜に見た夢の様な、いつか山の上から見下ろした夜景のような絵。 タイトルは「21.sep.50」 作品が仕上がった日付らしい。この素っ気なさにも心を掴まれた。絵…